酒蔵・杉能舎 立地からノンアルビールに着目

「今日酔えない人に」

このキャッチコピーを持つのは「ビードライブ」。ノンアルコールの地ビールです。福岡市にある老舗酒蔵、杉能舎で8年ほど前まで販売されていました。アルコール度数は0.5%未満でツーリングファンの間で人気が高く、地元の人からも愛されたそうです。

お話を伺ったのは浜地酒造6代目代表の濱地真太朗さん。「せっかく酒蔵に寄ったのなら飲みたい」という糸島までドライブに来た人の願いを叶えるため、ノンアルコールビールを作りました。浜地酒造を代表する杉能舎があるのは福岡県福岡市ですが、徒歩数分で糸島市に入り、そこには観光名所として有名な二見ヶ浦やコバルトブルーの海があります。海岸沿いに観光場所が集中しているために移動手段は車かバスとなりますが、バスの本数は限られています。遠方からの観光客はレンタカーを借りるなど、ほとんどが車という印象です。「ビードライブ」はその名の通り、運転手もお酒を飲めるようにという思いから開発されました。

杉能舎はインターナショナル・ビア・コンペティションで国際ビール大賞金賞を受賞するなど、博多の銘酒蔵として有名ですが、多くの人がお酒を買うのはスーパーやコンビニ。手に取るのはアサヒやキリンなど大手メーカーの缶ビールでしょう。知名度でも劣る杉能舎がノンアルコールビールを販売し始めた当初は「ノンアル」市場は小さく、細々と地元での販売を続けたそうです。

8年前には「ビードライブ」の販売を停止しましたが、ここにきて再開を目指すことにしました。濱地さんは「本当はもっと早く開発を始めたかった」と話しています。ノンアルコールビールの醸造は、低い度数で発酵を止めるのが難しく、非常に手間がかかるようです。当時はゆっくりと発酵を開始し、ある度数になると冷却して酵母の動きを物理的に止めていましたが、少しでも発酵が長引けば度数が3~4%になってしまいます。なかなか開発が進みませんでした。現在は低い度数で発酵を止められる特殊な酵母を入手しやすくなったため、作りやすくなったと言います。

なぜノンアルの製造過程で発酵にこだわるのでしょうか。「発酵することで風味が豊かになる。これはどんな香料でも再現できない」といい、ノンアルでもビールであることにこだわる姿勢がうかがえます。

発酵室の様子。酵母独特のにおいがふんわりとした。(22日筆者撮影)

しかし、販売促進には壁もあります。ノンアルコールビールと呼ばれるのは「アルコール度数が1%未満のもの」と酒税法で定められています。少しでもアルコール成分が含まれていればお酒なのでは…というイメージもあり、積極的な宣伝がしにくいといいます。しかし最近、アサヒビールが提唱しているスマートドリンキング、通称スマドリでは「自分の体質や気分、シーンに合わせて、適切なお酒やノンアルコールドリンクをスマートに選べる時代」を目指し、アルコールとの付き合い方を提案しています。

21日付の朝日新聞ではキリンビールがノンアルコールの印象を変える作戦を練ったり、サントリーグループやサッポロビールがノンアル飲料の販売に力を入れたりと、ビール大手がノンアル市場に注目している様子が紹介されていました。その背景にはリモートワークの拡大によるニーズの増加や健康意識の高まりがあるようです。濱地さんは「大手企業が動いてくれれば、大きく変わる」と自社だけではできないノンアルへのイメージ転換に期待を膨らませていました。

「スーパーやコンビニで売っている缶ビールとは少し違って、いいことがあったとき、みんなが集まったときに飲んでほしい」との思いをビール造りの原点に持つ杉能舎では現在、0.5%と0.00%のノンアルコールビールを開発中です。年内の販売を目指しており、海岸に立ち並ぶ飲食店での提供も視野に入れているそうです。ドライブの最後に糸島の海を眺め、帰りの運転を気にせず、地元のノンアルコールビールで贅沢な時間が過ごせることを筆者も楽しみにしています。

杉能舎の地ビール。こちらはノンアルではない。3種類あり、実家へのお土産に最適。(22日筆者撮影)

酒粕を用いたベーグル。地域での循環型ものづくりを目指し、麦カスから肥料をつくり、農場でできた野菜を用いたピザを販売するなどしている。(22日筆者撮影)

 

参考記事:

21日付 朝日新聞朝刊 (福岡13版)経済「ノンアル・低アル 力を注ぐ」

参考資料:

杉能舎ホームページ

アサヒビール スマドリホームページ