熱帯病撲滅に立ちあがった2人の日本人

1997年、デンバー・サミット。当時の橋本龍太郎首相は「寄生虫病対策」に世界で取り組もうと呼びかけました。寄生虫病とは、寄生虫が原因となる熱帯病のこと。なぜ、橋本首相は熱帯病に目を付けたのか。その答えはサミットから8年後に分かります。

世界保健機関(WHO)は05年、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases=NTDs)」という言葉を定義づけました。積極的な対策が取られず、感染者が後を絶たない17の熱帯病をこう呼びます。累計10億人が感染し、毎年50万人もの命を奪うNTDs。その深刻さをいち早く理解し、撲滅へのきっかけを作ったのが橋本首相だったのです。

日本人の貢献はこれだけではありません。今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さんが開発した「イベルメクチン」は、NTDsの一種であるリンパ系フィラリア症やオンコセルカ症の治療薬です。前者は足の膨張、後者は失明や激しいかゆみが症状として起きます。年間3億人が無償提供を受け、治療や予防に服用しています。

そもそも、なぜ「顧みられない熱帯病」などという言葉が生まれてしまったのか。理由は2つ。

寄生虫は細菌やウイルスに比べればヒトに近いため、よく効く薬は副作用も強くなりやすい

熱帯病の治療薬は市場性がなく、もうからないため開発が進んでこなかった

1つ目の理由が自然科学的な理由だとすれば、2つ目は社会科学的な理由でしょう。開発が難しいのは理解できます。時間もかかるのでしょう。しかし、もうからないからといって放置していい問題ではないでしょう。NTDsの中には外見に症状が出るものがあります。先述したリンパ系フィラリア症もその一つです。そのため差別や偏見を生みやすく、疾患者は症状以上に辛い思いをすることになります。

苦しんでいる人を助けたい。一人でも多くの命を救いたい。そんな単純な思いが橋本首相や大村さんを突き動かしたのでしょう。そこには社会科学的な悩みなど度外視した情熱が見て取れます。2人の功績に脱帽するとともに、金もうけ一色に染まってしまった世界を憂えています。

 

参考記事:4日付 日本経済新聞朝刊(大阪14版)ニュースな科学面「『顧みられない熱帯病』10億人」