コロナ禍でも変わらない、中学生の冒険心

少年は一人で釣り糸を垂れていた。釣り人は普通、魚の食いつきに瞬時に気づくために竿の先端か水面の浮きを見つめるが、少年は湾の向こう岸の可也山(かやさん)を眺めていた。あまり釣果(ちょうか)にはこだわっていないように見えた。

福岡市の中心地・天神から西に約23km。糸島半島の付け根にあるのが、加布里(かふり)漁港だ。筆者が訪れた時は小型の漁船が10隻ほど係留されていた。魚の食事の時間帯は日の出と日の入りごろ。夕暮れ時になると続々と釣り人たちがやってきて、波止場で準備に余念がない。そうした中で、少年はずば抜けて若かった。

福岡県糸島市の加布里漁港。波止場は2つある。この日は風がなく波は穏やかだった(11日、筆者撮影)

聞いてみると彼は中学1年生だった。両親が運転する車でここまで来たらしい。家族の中で釣り好きは彼だけで、家族はこの時買い物に出かけていた。

数ある釣り場からこの漁港を選んだ理由を聞くと、「ANGLERSで知った」と教えてくれた。「ANGLERS」は釣りに関する情報を共有するためのアプリ。利用者同士が釣り場ごとのデータを発信しあう。加布里でアジとアナゴが獲れたとの情報が入り、少年はここに駆け付けたという。少なからず釣りの経験がある筆者だが、小学生の頃は、こんな便利なアプリはなかった。そのため、「人多いところ=魚が群れているところ」という方程式で、釣り場を決めていた。この10年でも釣りの形は大きく変わっている。

2020年4月の緊急事態宣言。当時通っていた小学校は学校閉鎖となり、少年は家で過ごした。「楽じゃんって思ってしまって、宣言が終わった後も休んでました。別にいじめとかそういうのがあったわけじゃなくて」。卒業するまでの約1年間、不登校だったらしい。

中学校に入学してからは、「ちょっと頑張りだした」。運動部に入り、気の合う友人にも恵まれた。しかし、コロナの感染拡大とともに活動時間が制限され、1週間前から全面的に禁止された。同じタイミングで授業もオンラインに移行し、今は自宅で受けている。

釣りをする少年。奥が可也山(11日、福岡県糸島市の加布里漁港、筆者撮影)

「やっぱ景色がいいですよね」。雄大な可也山を前に、彼は何度もそう言った。普段、狭い部屋でリモート授業を受ける生活で窮屈さを感じていたから、感動もひとしおらしい。

「釣果はどんなもんです?」。釣り人にとって定番の質問をしてみた。すると、「びっくりするくらい釣れんですね。さっきかかったんですけど、糸が切れちゃって逃がしちゃいました。引きはすごく強かったですね」と少年。笑いながら言うところがとてもすがすがしかった。

取材中に釣り糸が絡まった。絡み方が複雑で、全部ほどくのに小一時間はかかりそうだった。「手伝いましょうか?」と言うと、彼は「自分でやるので大丈夫です!」とここでも笑顔を見せた。「スリルがあってわくわくします」と付け加えた。

広大な海を前にしての一人での釣り。私もやったことがあるが、割と孤独感を感じる。中学生ともなればなおさらだ。少年はどういう気持ちで釣り竿片手に可也山を眺めているのだろうか。誰の力も借りずに自分でこなす喜び。まだ自立しきっていない中学生だからこそ感じるそうした冒険のような感覚で楽しんでいるように私には見えた。

私は中学生の時、長期休暇に一人旅をしていた。誰にも頼らず一人で見知らぬ土地に行ってみたいという思いがあった。

学校生活は大きく変えた新型コロナ。私の中学時代と、彼の生活は共通項があまり多くない。それでも、中学生ならではの冒険心は今も昔も変わらないのかもしれない。