何が真実なんだろう。もう一度、諫早の干拓地に行ってみた。

私があらたにすの記事を書くのは、これが20回目。専用ソフトの「公開」ボタンを押すと原稿がネット上に公開されるのだが、この時いつも、自分の主張が本当に正しいのだろうかと考える。社会問題をテーマにする場合、結論は的を射ているのか、もっと言えば、その根拠となる情報は本当に正しいのか自問してしまう。

昨年8月に私が書いた諫早湾干拓事業に関する論考は、真実かどうか疑われる記述を含んでいた。投稿後に気が付いたきっかけは、朝日新聞のWEB論座の記事だ。この執筆者である毎日新聞の元記者・永尾俊彦さんは、諫早の干拓地に足を運び、農家の飯田さんと松尾さんの声を紹介している。内容は、カモの食害があり営農がしづらいということと、干拓地の土は水はけが悪いことだ。私が昨夏に取材したキャベツ農家の方は何も困ったことはないと言っていたため驚いた。そして衝撃的な記述があった。

 2010年に「排水門の5年間の開放」を命じる福岡高裁判決が確定する。新干拓地には農民を取材するため、マスコミの記者が押し寄せた。その際、飯田さんは県の職員に、「いい作物ができている」「失敗している人はいない」と言ってくれと頼まれたという。松尾さんも同じだ。

私がキャベツ農家の方に取材したとき、すぐ近くに長崎県農業振興公社の方がいて、私たちのやり取りを聞いていた。もしかして、職員の方に配慮して干拓地の営農の負の面を言わなかったのではないだろうか。現在、そのキャベツ農家の方とは連絡がとれないため、真相は闇の中。ただ、事業の恩恵を受けているはずの農家も苦悩を抱えているかもしれない。そこで5か月ぶりに現地に行ってみた。

中央干拓地の農道を歩いていると、突然、畑の脇に設置してある機器から爆音が鳴り響いた。手で耳を覆いながら近づいてみると、長さ30cmほどのフクロウを模した置物の中にスピーカーが埋め込まれている。作物を食い荒らすカモ対策だ。塩ビパイプをノコギリで切る時のような鈍い音が20秒以上も巨大音量で鳴り響いた。農家の心の叫びのように感じた。

カモの天敵・フクロウを模した置物の中にはスピーカーが入っている。(10日、中央干拓地、筆者撮影)

カモの被害については裁判沙汰になっている。干拓地で営農をしている農業法人2社は、2018年1月、農地の貸主である県農業振興公社や国、県に対し、損害賠償を求める訴訟を長崎地裁に起こした。原告は農地に隣接する調整池を拠点とするカモに野菜を食い荒らされたとしており、農地近くに広大な池を造ればエサを求めに飛来し、被害が多発することは容易に予見できたと主張した。

とはいっても、干拓地の畑全てがカモ対策をしているわけではない。ピンク色のテープやフクロウ型のスピーカーを設置している畑もあるが、半数近くは特に何も施していない。この違いは何なのか。ブロッコリーを収穫していた男性によると、「違いは栽培品種」。例えば、ブロッコリーは成長するとカモが近くを歩けないほど葉が大きく広がる。そのため、カモ対策は不要らしい。

私はこの男性に、「干拓地での農業の特徴を教えてくれませんか」とうかがった。メリットとデメリットのどちらも選べるような聞き方にした。男性が最初に言ったのは、水はけの悪さだった。干拓地の土壌は、もともと満潮時には海の底にあったもの。有明海の海水の流れによって運ばれてきた潟土であり、岩石が風化してできた陸生の土壌粘土よりも粒が細かい。「土がさらさらしていないと、トラクターで畝を立てる作業とか、定植作業とかがやりにくいんですよね」と言った。

一連の取材の後、私は諫早湾干拓資料館に行った。5か月前にも訪れた場所だ。市が民間に運営を委託しており、展示内容の選定については市が関わっている。干拓地の土については、ミネラルと適度な塩分が含まれた肥沃な土壌であるため農業に向いているという説明があるだけで、水はけの悪さについての記述はなかった。鳥の食害についても触れられていなかった。ちなみに市は干拓事業に賛成している。

 

今回の取材で、一部の農家は干拓地の特性に頭を悩ませていた。5か月前の取材では全く得られなかった情報だ。一回の取材で全てを知るのは不可能だという当然のことを思い知らされた。もちろん、今回を含めた2回の取材でも全く足りていないのだろう。自戒を忘れず取材を続けたい。

参考記事:

朝日新聞 WEB論座 2018年4月19日 永尾俊彦(ルポライター)「諫早湾干拓で漁民とともに反旗を翻す農民たち」

朝日新聞 文蔵Ⅱ 2018年1月31日 「諫早干拓地2社、公社などを提訴 食害、200万円賠償請求 【西部】」