ダムの水没予定地・五木村 人口大幅減から推察する人々の「自分の土地へのこだわり」

熊本県五木村(いつきむら)は県南部に位置し、村の94%を森林が占める。隣接する自治体からこの村の中心地に向かう場合、カーブの多い山道を通らなければならない。先月18日、私は八代市から県道25号などを通って車で行ったが、1時間半の運転では神経をすり減らした。

やっとの思いでたどり着いた五木村。村役場や学校、住宅街などがある中心地は、「え、これだけ?」と思うほどこぢんまりとしていた。今から60年以上前の1959年、村には6299人もの人が住んでいたが、現在暮らすのはその6分の1ほどの1016人(2021年12月)にとどまる。

激しい人口減少の原因の一つが、川辺川ダムの計画である。建設省(当時)で計画が持ち上がったのは1966年。球磨川流域では前年まで3年連続で水害が発生し、球磨川の最大の支流・川辺川での治水の必要性が指摘されたためだった。

川辺川は村を縦に貫く。当初のダムの建設予定地は村の南の相良村北部だが、そこで水がせき止められれば、五木村の低地部分は水に浸かる。水没予定地に暮していた約500世帯は転居を余儀なくされた。しかし、計画はここから紆余曲折を経る。ダムによる自然環境悪化を指摘する声などがあったことから2009年、川辺川ダム建設事業の中止が決定。その後、20年7月の球磨川流域で大きな被害が出た豪雨災害を受け、方針を変えた蒲島熊本県知事が国に建設を求めた。村民は翻弄されている。

熊本県南部の地図(朝日新聞デジタルより)

写真中央部は川辺川ダムの水没予定地。民家はなく、ほとんど更地だが、2009年のダム計画の白紙撤回後に作られた民間の宿泊施設・渓流ヴィラITSUKIだけはある。(12月18日、五木村、筆者撮影)

水没しない比較的高い場所には代替地が用意され、村内に残ることを希望した人々はそこに家を建てた。しかし、これを機に利便性などを求めて村外に移転する人も多かった。約500世帯のうち、7割以上が村の外に出た。村は代替地(村内)へ移転をした世帯に最大約112万円を補助する制度をつくったが、人口流出の流れは食い止められなかった。

「みんな(村外に)出て行ってしもうた」。そう話すのは、以前、水没予定地の家に暮らし、現在は代替地に建てた自宅で生活する80代の男性。愛犬の散歩中、筆者が声をかけ、話を聞かせてもらった。

水没予定地からの転居を余儀なくされた世帯のために作られた代替地。築年数が30年以下の比較的新しい民家が立ち並ぶ。水路の水はとてもきれい(12月18日、五木村、筆者撮影)

20分くらいのインタビューの中で、印象に残る発言があった。「住み慣れた土地を失ったら、もうここ(五木村)にいる意味はないって言って(村外に)出ていった人も多かったみたいですよ」。自分が住んでいた場所かどうかってそんなに重要なの?五木が好きという理由で村内の別の場所に残る人がもっといてもおかしくないのでは?私は男性のこの言葉が少し腑に落ちなかった。

でも、今振り返ってみると、五木村の取材の翌日に人吉で出会った人も先祖からの土地について語っていた。球磨川のすぐそばの自宅で生まれ育った女性(82)。生家は1960年代の球磨川の氾濫で濁流に飲まれ、瓦と柱だけが残った。両親がその場所に強くこだわったので、同じ土地に家を建て直した。しかし、2020年7月の氾濫で再び自宅が水没。さすがにこれ以上同じことを繰り返すわけにはいかないと思い、2度目の再建はあきらめた。現在は人吉市内の夫の実家で暮らす。

「親が喜ぶように一生懸命してきたつもりなんですけどね。先祖から引き継いだ場所に住めないことが親不孝しているみたいな感じで、両親に申し訳ない。いっときは(両親の)お墓に行って土下座してました。『ごめんねー、親不孝ばかりして』ちゅうてから(って言いながら)」。土下座という言葉が出てきたときは驚いた。女性は低めの声で一つ一つの言葉に力を込めながら話していた。

 

人がその場所に住み続ける理由って何だろう、取材をしながらふと思った。最近よく見かけるようになった移住を促す地方自治体のCM。街全体の魅力を紹介するシーンが多い。でも、そんなにみんなで共有できるようなことばかりなのだろうか。

私は五木と人吉の住民計5人にお話を聞く中で、人々はもっとミクロな視点で見ていることに気づいた。自分の家、土地へのこだわり、近所との関係などが、その場所で生活し続ける動機になっているような気がした。別の言い方をすれば、同じ自治体内の転居であったとしてもミクロレベルでは状況が大きく変わるので、その街に居続ける意味にもかなり影響が出る可能性があるということだ。

そう考えた時、五木村内での転居はどうだろう。五木に残れた人は水没予定地に暮らしていた時と同じように五木にいる価値を享受できている、そんな考え方には少し留保が必要かもしれない。

 

参考記事:

朝日新聞デジタル 2018年11月2日「自然は残り、住民は去った ダム計画止まった村の10年」

朝日新聞デジタル 2021年12月7日「川辺川ダムの従来計画地に同規模で建設方針 流水型ダムめぐり国交省」

 

参考資料:

五木村 「ひとのうごき」

五木村 「五木村川辺川ダム水没世帯生活再建資金補助金交付要項」