「相棒」から考える非正規雇用、同一労働同一賃金

筆者は刑事ドラマ「相棒」が大好きです。「相棒」は2000年6月から土曜ワイド劇場枠で始まり、02年10月からは連続ドラマとして、今年で20シーズン目を迎える国民的刑事ドラマとなりました。俳優の水谷豊さんが演じる主人公、杉下右京が相棒刑事と共に自らの正義を貫きながら難事件を解決していく話です。相棒は歴代4人の俳優が務め、現在は反町隆史さん演じる冠城亘です。それぞれの相棒ごとにその雰囲気や魅せる色が異なり、シーズン20となった今も進化し続けています。

「相棒」の魅力の一つは、社会の出来事や風潮を反映させている点です。ただ単純にドラマの展開を楽しむだけではなく、登場人物のセリフにハッとさせられたり、こういう社会の見方ができるのだと気づかされることが多々あります。

1日付の朝日新聞のテレビ・ラジオ特集では、「21世紀を描いた相棒」と題して、放送開始の00年から今までの放送を社会情勢とともに振り返っていました。筆者は小学校低学年から相棒にはまり始め、今ではすっかりオタク状態です。紙面を見ていると、懐かしさを感じ、また、当時は気が付くことのできなかったテーマや背景に驚かされました。

さて、今回はこの記事にならって、1日に放送された元旦スペシャルがどのようなテーマや背景を持って放送されたのかを振り返ります。

根底にあるテーマは「非正規雇用労働者の待遇問題」とそこから広がる「格差社会」でしょう。放送では、デモ隊が鉄道会社の子会社で売店などを経営するデイリーハピネス社に対する思いを杉下と冠城に熱弁するシーンが見られました。「おたくら知ってます?デイリーハピネスの劣悪な労働環境」というセリフから始まり、「店の正規社員と同じ仕事をしているのに、基本給は安いは上がらないわ、退職金に至っては15年以上働いたって、なんとゼロですよ。ゼロ!」「だから非正規社員の店員さんたちが、待遇に不合理な差があるとして裁判に訴えることにしたんです」。力を込めて訴えます。

Newsweekの記事ではこのシーンについて、「東京メトロの子会社メトロコマースの契約社員が正社員との待遇格差を訴え退職金の支払いを要求した際の訴訟事件をモデルにしていると考えられる」と述べており、「この訴訟は最高裁で、退職金支払い要求が退けられるという、原告にとって厳しい結果となってしまった」とも述べています。売店で正社員と同じ仕事をしていたにも関わらず、正社員に支給される退職金や住宅手当がないことなどが、労働条件の不合理な違いを禁じた旧労働契約法20条に反するとして、働いていた女性4人が提訴したものでした。

いったんドラマから離れて、社会全体ではどのような動きがあるのか考えましょう。

4日付の日本経済新聞の社説では数値が大きいほど社会の所得格差を示す「ジニ係数」に触れ、高齢者と非正規雇用の増加を背景に係数は17年に比べて27%上がったとされていました。

正規雇用は15年から6年連続での増加が見られる一方で、非正規雇用は2010年以降の増加傾向から一転し20年は減少しています。雇用者の37.2%を占める非正規雇用の中ではパートやアルバイトが増える傾向もあり、半数近くをパートが占めるという特徴も見られます。

賃金の面では、19年時点で、時給ベースで一般労働者の正社員・正職員が1976円であるのに対し、非正規は1307円と700円近くの差がありました。

2020年4月には「同一労働同一賃金」の義務化を目指し、正社員と非正規雇用との間の不合理な待遇格差を禁止ずる方向で法律が改正され、各企業は対応を迫られています。しかし、上場企業と非上場企業で大きな落差がある点は課題として残ります。

また、新型コロナウイルスの影響で非正規雇用の人たちに解雇や雇止めの影響が広がり、その結果、生活が成り立たないケースも多々見られます。これにより格差が露わになり、貧困化も進んでいます。同一労働同一賃金は社会の歪みを改善する土台の一つでしかありません。他にも目を向けるべき問題は残ります。企業側にとっては、人件費の削減のために非正規雇用を採用してきた事情もあるでしょう。今後は最低限の人権や尊厳を確保するとともに、企業との歩み寄りが論点に上がってきそうです。

相棒の最後には非正規労働者の問題の一因ともなった政治家に対し、右京が「12歳の少年が何もかも受け入れて、あきらめてこの世は『自己責任』だという。困ったときに助けを求めることすら、恥ずかしいことだと思い込まされている、それが豊かな国と言えるでしょうか。公正な社会と言えるでしょうか」と問い詰めるシーンがありました。物語の文脈上、非正規労働者の問題に対してだけの言葉ではないと筆者は受け取りましたが、「それが豊かな国と言えるでしょうか。公正な社会と言えるでしょうか」という言葉は現状への訴えとして心に深く刺さるものでした。

今後も社会の一角を丹念にすくい上げ、議論の場を作ってくれる「相棒」を追いながらも、非正規雇用、格差といった日本の根底にある課題にアンテナを張り続けていこうと強く感じたお正月でした。

 

参考記事:

2020年10月13日 朝日新聞デジタル 退職金を求めた元契約社員の訴え退ける 最高裁が初判断」

1日付 朝日新聞 テレビ・ラジオ 13面 「21世紀を描いた「相棒」」

2日付 日本経済新聞朝刊(兵庫12版)2面「公平で機動力のある再配分制度を」

6日付 日本経済新聞朝刊(兵庫版)29面「人材の「鎖国」、質向上を阻害」

参考資料:

1月5日 Newsweek 「ドラマ『相棒』の脚本家を怒らせた日本のある傾向」

厚生労働省 同一労働同一賃金