コミュニティとしての美術館

2021年4月10日にリニューアルオープンした長野県立美術館(旧長野県信濃美術館)に行ってきた。近年の美術館は、鑑賞の場という本来の役割を果たしながら、コミュニティとしての魅力を増しているのではないだろうか。

21日筆者撮影 美術館の特徴である水辺のテラス

筆者は、美術館の鑑賞コーナーは、「静のコミュニケーション」を感じる場だと思う。私は「森と水と生きる」という企画展の中で「初夏の志賀高原」が目に留まった。展示品の正面に立つと、日差しが強い中でひんやりとした空気を感じる高原での感覚が呼び覚まされる。そういった感覚が浮かび上がるような作品を好むからか、写実的な作品か、どこか物寂しい色合いの作品が好きだ。一方で、非現実的なタッチで描かれた作品の前で真剣に立ち止まり、上から下まで見回す者もいる。水墨画のコーナーを何往復もし、じっくりと説明を読む来館者もいた。

言葉を発さずに鑑賞する場だからこそ、どんな作品の前で他者が立ち止まるかに目がいきやすい。個々人の感性の違いを語らずとも感じることができる不思議な空間だ。「すみません」と言った声かけがなくとも、互いの動きを感じ、鑑賞場所を譲り合う。ただ空間を共有しているだけで好みを垣間見ることができ、互いに些細な気づかいを示す。言葉を介さずとも他者を感じるのが展示室だ。コロナ禍でコミュニケーションの在り方が模索される中、もとより静かな美術館というのはこれからの可能性を感じさせる場ではないだろうか。

展示室を飛び出してみる。そこでは人と街が「つながる」仕掛けが施されている共有部分に目がとまる。併設される「風テラス」は、無料で誰もが入れる広場になっている。正面には国宝である善光寺本堂が望まれる。街を一望できる開放的な空間だ。来館者にとっては鑑賞の後に一息つける場となり、地域の人にとっては散歩がてらに訪れ、気軽に休める。テラスに併設されたカフェから観察すると、老若男女問わず様々な人が利用していることがわかる。実際に筆者が利用した時間帯には、中学生が校外学習に訪れ、その横ではシニアの方々が寛いでいた。子供を連れた家族がテラスで楽しそうに遊び、そのまま帰っていく姿もみた。誰でも気軽に利用しており、時とともに人が入れ替わっていくのが印象的だ。

21日筆者撮影 「風テラス」に道路から人が入っていく様子がわかる

19日筆者撮影 風テラスの全景。広々としており、開放的な空間

21日筆者撮影 右奥に善光寺がみえる。テラスには様々な人が流動的に訪れる

また、美術館を中心として広がる広場も地域の憩いの場だ。再整備された城山公園が美術館の目の前に広がっており、デザイン性の高いイスが様々な場所に置かれている。イスが円形に配置されている場所もあり、ひらけた空間に、ぽつりぽつりと人が向き合いながら座る姿も見られた。園児たちがお弁当を広げ、無邪気に走り回る広場は暖かな陽射しに包まれていた。美術館をシンボルとして、人々が集いやすい空間が整備されている。改築にあわせて、周辺環境にも工夫したことが伝わってくる。

21日筆者撮影 美術館を中心とした広場が賑わう

21日筆者撮影 美術館の前にも複数のイスが設置されている

美術館のHPでは、美術館自体が「つながり」をつくる取り組みを進めていることもわかる。美術図書や展覧会図録を一般に無料公開したアートライブラリー、身近な素材を使用して造形体験ができるアートラボも用意されている。子供向けワークショップも開催されているようだ。これだけにとどまらない。広報用のTwitterを確認すると、SNS投稿を促す「SNSシェア割」の企画があった。実際にInstagramで#長野県立美術館のハッシュタグ件数を確認すると、21日17時現在で「4637件」の投稿が確認できた。バーチャルの世界でも、美術館は広がりをみせる。地域だけでなく、遠方、さらには海外に住む人にも「つながり」は広がっているのだ。

文化庁は、平成30年度に「多様なニーズに対応した美術館・博物館のマネジメント改革のためのガイドライン」を示している。そこでは、本来の役割に加えて、社会との関わりをより緊密にすることが求められていた。実際、21世紀美術館の躍進、東京都美術館と東京藝術大学が連携した「とびらプロジェクト」など、近年の美術館が社会とのつながりを感じさせる事例は少なくない。

美術館・博物館は,文化芸術資源の核 として多様な価値を創出し,あらゆる人々が地域社会における質の高い心豊かな生活が享受できる文 化芸術に関する取組が行われるよう関連分野と緊密に連携しながら総合的に推進することが求められている。(文化庁ガイドラインより引用)

時代とともに果たす役割は少なからず変わるものだ。コロナ禍の中でリニューアルした長野県立美術館は、コミュニティとしての可能性を提示している。美術館の道を挟んですぐ隣では、宗派問わず全ての人に開かれた名刹善光寺の堂宇が信州を見守っている。様々な人が、ただ同じものを目指して集う。そんな姿は現代の私たちが目指す新しい美術館の姿にも重なるように感じた。「コミュニティとしての美術館」という観点で来館してみると、社会とつながる存在の虜になる。

 

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【参考資料】https://nagano.art.museum/ 長野県立美術館公式HP