性被害にあった子ども達へ 私たちは何ができますか

中川紗矢子さん(42歳)は英国在住の元記者です。8月に、性被害の対処法をポジティブな物語で伝える絵本を出版しました。子供達が幸せに過ごす権利を守るためです。子供の被害は発見がしづらいという現実の中で、我々は何ができるのでしょうか。

内閣府調査によると、男女を問わず約20人に1人が性暴力の被害にあっており、うち約4分の1が18歳未満の子供だといいます。この数字を見るだけでも、「被害者は相当数いるのではないか」と思いますが、これは氷山の一角。実際は、その20倍以上が被害に遭っているとの見方もあります。性犯罪は相談に至らないことが多いのです。

被害者が大人への相談をためらう理由は様々です。加害者に口止めをされている、脅されているなどの他にも、不安感から相談しなかったと語る人が少なくありません。話すことで怒られるのではないか?信じてもらえるだろうか?悲しませるのではないか?話したら今までのことが変わってしまうのではないか?多くのことを考え、中高年と言える年になって初めて被害を打ち明ける人もいるほどです。周囲が思う以上に、被害者にとっては相談の壁が高いことは理解しておかねばなりません。

こういった事情から、「不安に思わず、相談してもいいんだ」と子供に思ってもらうことが大切ではないでしょうか。向こう側からアクションを起こしやすくする工夫はいくつもあります。まず、小さい頃から、こういう経験をした時に何回でも諦めずに相談していいと「良い刷り込み」をすることは重要に感じます。その点で、中川さんのように絵本など幼少期に触れるもので性被害への対処法を描くことは大きな意味があるはずです。小さな頃の読み聞かせや読書はかけがえのない価値観の形成につながります。学校、家庭のみの世界に生きる子供にとって絵本などで触れた価値観は外の世界からもたらされた身を助ける知恵なのです。この様なアクションは、マンガやクイズゲーム、カルタなどにも応用できそうです。

また、被害者の掘り起こしの観点から、こちら側から「気づいてあげる」姿勢も必要になります。一般的に被害者の心身の不調は多岐に渡り、多くの人に精神的な症状があらわれます。とりわけ性暴力の被害者は、他の犯罪被害に比べて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を伴いやすいと言われ、実に4080%もの被害者が発症しているといいます。こういった病気以外にも、事件後様々な変化が被害者には現れますが、 何よりも、問題となる行為を繰り返す形で被害者に変化があらわれる可能性があることを十分に知っておくべきです。被害による強いストレスから、多動や乱暴、不登校、非行などに走ることもあり得るのです。

多くの性被害者を診察してきた産婦人科医は、年齢にそぐわない過剰な性的行動を繰り返す「性化行動」も一例として挙げています。一人で問題を抱え込み、解決せねばいけないといった精神状態から、実際の発達年齢と比較して大人びた行動をとる偽成熟に通じるものです。児童期の場合は異常な距離の近さ、性的なタッチなどがみられるケースもあります。

こういった形で現れたSOSは見逃されることが多く、「困った子」として扱われて終わることも少なくありません。性被害者は「性的なものを避けるようになるはず」。こういった先入観にとらわれると、被害者を見逃してしまいます。彼らを頭ごなしに叱るのではなく「どうしてこんな行動をするのか?」と背景を考えてみることが早期発見につながるようです。

事情聴取でも、子どもの負担を減らしながら被害を聞き取る手法が導入され始めています。検事が児童相談所や警察と連携し、極力少ない回数で被害を聞き取るのが「司法面接」です。元々はアメリカなどの海外で導入が進んだ手法で、201510月に厚生労働省が自治体への導入を求めました。2019年には1416件実施され、規模は拡大しています。面接者は一人で、ぬいぐるみを持ちながら話を始めたりとリラックスした状態での面談が基本のようです。別室では同時視聴のモニターで検察や児相職員が確認を行うため従来の複数の面接回数を減らすことが可能です。被害者の子供が回を重ねるごとに記憶が曖昧になることを加味し、面接は録画されます。また、子どもに自発的な発言をして貰うために誘導をかけないように質問するなどの工夫もしているといいます。

この方法は、被害にあった子どもが事件を思い出す回数を減らすことで負担を軽減する利点がある他、自らの言葉でゆっくりと語ってもらうことで子どもの思いを大人が受け入れる機会も得られるように感じます。司法の場でも「被害にあった子どもに負担をかけない」取り組みが広がっている。これは、今後子どもの性犯罪被害、性虐待のアフターケアについて考える際の希望だと思います。

我々大人の側が少しでも知っておくことで被害にあった子ども達の心は格段に楽になるはずです。中川さんの著書のなかでリスが語っています。「信頼できる大人にあきらめずに伝えることで、魔法を取り戻せる」。この言葉は、まさに子どもたちに伝えたいことをストレートに表しています。加害者の数とは比べ物にならないほど、あなたを理解したいと思う人は沢山います。また、相談相手から心ない言葉を言われたらそのことも含めて、さらに違う人に相談してください。人の数だけ、異なる対応があります。その分多岐にわたる被害に対して適切な対処をできる人は必ずいる。

そして、苦しみを打ち明けられる場をつくるためには、いかなる被害者も「否定しない」。その認識を多くの大人が共有することが最も重要だと思います。

 

【参考記事】

107日付 朝日新聞朝刊 東京13版 2面「子どもを性被害から守る絵本を書いた英国在住の元記者」