名作文学 SNS効果で緊急重版

筒井康隆の「残像に口紅を」。先月、日本文学界の巨匠が手がけた実験的小説の、3万5千部の緊急重版が決定した。この本は1989年に発表されたもの。話が進むごとに、文字が一つずつ消えていく中で生きる小説家を描く。出版から30年以上経ってもなお、色褪せることのない名作だ。

今回の重版はS N Sアプリ「Tiktok」に投稿された一本の動画がきっかけとなった。小説紹介動画を投稿する「けんご」さんは7月27日に、本作品についての動画を投稿。

「もし、この世から“あ”という言葉が消えてしまったら どんなことが起こると思いますか?」

見た人の興味を掻き立てる問いかけに始まり、作品の内容を短くまとめた動画は多くのユーザーの反響を呼び、9月20日現在、約64万の「いいね!」がついている。動画が拡散された結果、多くのTiktokユーザーがこの本を買い求め、重版に至った。

実際、店舗での売れ行きはどうだったのか気になり、筆者の家の近くにある大型書店でお話を伺った。

本来、棚差し(棚に一、二冊ほど置いてある)されてあるだけだったが、反響を受け入荷。動画が投稿された当初は「平積みにして並べたところ、全て売り切れてしまうほどだった」という。1ヶ月以上経った現在もコンスタントに売れている。

平積みされた「残像に口紅を」(筆者撮影)

 

実は本著は、数年前にも10万部の重版が行われた。テレビ番組でお笑い芸人のカズレーザーさんが紹介したことがきっかけだ。これだけ売れたのはそれ以来とのこと。

近年、出版不況や本離れという言葉をよく耳にする。一方で、今回の重版の話を聞いて思うのは多くの人が本の面白さに気づいていないだけではないのかということだ。名作と称される作品にはきちんとそう呼ばれるだけの所以がある。ユーチューブやネットフリックス、インスタグラムにオンラインゲームなど様々な魅力的なコンテンツがあふれる現代で、アナログな本という存在は目につきにくいかもしれない。それでもtiktokやテレビで紹介され不特定多数の人の目に止まれば、多くの人を惹きつけるものなのだ。

本好きの筆者からすれば、筒井康隆作品だけでも「残像に口紅を」に限らず、おすすめしたい作品はたくさん出てくる。長い話が読めなければショートショートを集めた「笑うな」。短いものだと見開き1ページの作品もある。狂気じみていたり、「なんでやねん」と突っ込みたくなったり、暇つぶしに最適だ。あまり堅苦しくて文学的ではない作品なら主人公の冒険を描く「旅のラゴス」などどうだろう。

コロナ禍で以前より本を手にする人が増えたのではないだろうか。特に小説は、必ず読むべきというものではないし、読んだからといって新書などに比べて知識が身につくわけでもない。わかりやすく役に立たないなと思う。それでも、現実ではあり得ない世界観、何だかよくわからないけど面白い言葉遣いに触れる、そんな刺激的な体験をもっと多くの人たちにしてほしい。名作と呼ばれる文学作品がS N Sで若者に爆売れという、現代らしい現象。これからもっと起こることを期待したい。

 

参考記事:

2018年2月4日付 朝日新聞デジタル「(売れてる本)『残像に口紅を』 筒井康隆著」

https://digital.asahi.com/articles/DA3S13345122.html?iref=pc_ss_date_article

参考資料:

「TikTok売れ」で30年前の実験的SF小説が3万5000部の緊急重版……メガヒットに出版社も熱視線

https://www.businessinsider.jp/post-240199