緊急事態宣言下 若者はなぜ自粛をやめたのか

7月31日、東京の感染者は4058人。全国は12337人にまで上りました。水痘並みの強い感染力を有するデルタ株の広まりによって、状況は急激に悪化しています。政府は4度目の緊急事態宣言を発出。人出を抑制して、感染拡大の防止に努めようとしています。しかし、緊急事態が常態化した今や、その効果は薄れ、多くの人々が宣言を無視した行動を続けているのが現状です。

読売新聞の記事によると、都市部の主要駅周辺の人出は数%の微減。大学生の筆者の周囲でも、活動を自粛する人は殆どいません。緊急事態宣言が出ようが出まいが、外出頻度に変わりなし。友達で集まって会食するようなことは、ほぼ皆やっています。大人数で宴会やBBQをやったり、路上飲みをしたりする人もちらほら。関西圏では、うめきた広場や鴨川デルタが毎晩賑わっています。

若者だって馬鹿ではありません。コロナが危険な感染症であることは百も承知しています。味覚・嗅覚障害などの後遺症が残りうることも十分知っています。それでも尚、感染リスクのある行動を取り続けるのは、緊急事態宣言に従っても明るい未来が見えないためです。

第一波が襲来した当初は、医療専門家の言葉に重みがありました。「花見は毎年できるから、今年だけは我慢しよう」「来年のために、今は耐えよう」そのような旨のスローガンが流布。少し耐えれば、元通りの暮らしが取り戻せると信じて、皆自粛令に従いました。政府や都道府県知事らも、取り敢えず今を乗り切れば何とかなる、といったスタンスで、短期的な戦略に基づいた政策を小出しにしてきました。

しかし、感染の波が何度も襲来するうちに、人々も現実を理解し始めました。我慢しても我慢しても、活動制限が全面解除になることはない。ワクチン接種が進んでも、コロナ前の暮らしを取り戻すことは当分の間不可能である、と。ならば、自粛していても無駄です。特に、一生に一度きりの青春時代を過ごす我々若者は、コロナ禍が収束するまで待ってなんかいられません。授業は殆どオンライン。サークルと部活動は厳しい活動制限。飲み会やカラオケは一切禁止。友達は作れない。そんな学生生活、一年も二年も甘受できる訳ないでしょう。

政府が、目先の感染者数に捉われて逐次対応しているばかりでは、人々は希望を持てません。「医療崩壊を防ぐために我慢せよ」という主張も訴求力を欠きます。医療従事者への思いやりは大事ですが、我々は、自分が楽しく過ごすために生きているのですから。感染状況をコントロールしたいのであれば、国民が納得できる長期目標を示して欲しいと思います。

欧米では、ワクチン接種が進めば、営業・活動・移動制限などが大幅に解除することが公約として掲げられ、6月頃から順次実現されています。屋内外でのマスク着用義務も一部撤廃されました。米国の野球大リーグ、サッカーの欧州選手権と南米選手権、テニスのウィンブルドン選手権。いずれも大勢の観客が歓声を上げて応援していました。人流の増加とデルタ株の流入に伴い、感染者は再び増加傾向にありますが、リスクをある程度受け入れたうえで、社会を正常化しようと努力しているのです。

日本は、社会を元通りに戻そうとする動きが一切見られないどころか、デルタ株の流行により、各種制限を一層引き締める風潮さえ見られます。リスクばかり重視して緊急事態宣言を引き伸ばすから、若者は忍耐できなくなり、路上飲みへと走るのです。欧米同様、ワクチン接種率が一定割合に達した暁には、活動制限を大幅に撤廃する、ないしはマスク外しを許可するといった「ご褒美」も、長期戦には必要ではないでしょうか。

行動経済学の知見を取り込み、若者も希望を持てるような政策が、今求められています。

 

大阪うめきた広場で、路上飲みに興じる人々(6月15日20時撮影)