田辺聖子さんが描く、女性の自由な生き方とは

作家田辺聖子さんの『感傷旅行 センチメタル・ジャーニィ』を初めて読んだとき、とても半世紀以上前の作品だとは思えませんでした。作中に出てくる有以子に21世紀を生きる女性を感じたからです。物語では、共産党員に恋した放送作家の有以子の恋愛模様を親友ヒロシの視点から描かれます。結婚が愛の形だと信じていた有以子が、失恋を通して「結婚なんて愚劣な制度だわ」と言ってのけたセリフは、今日日本のどこかでも聞こえてきそうなものです。

第50回芥川賞受賞作『感傷旅行 センチメタル・ジャーニィ』が収録されている短篇集(30日筆者撮影)

自由な女性を描き、前衛的な作品を残してきた田辺さんですが、樟蔭女子専門学校在学中の18~20歳までの日記を読むと、作品とはかけ離れた生活を送っていたことが分かります。日記には田辺さんのお母さんが、子供のいない家庭について「女は一人前にお嫁に行って子供も生んでみないと人間とは言えない」と口にしたと記されています。戦時中における女性に対する考えが読み取れます。これが当時の「当たり前」だったことを考えると、今は選択肢が広がっているように思えます。

時代と共に変わっているのは、結婚観や家族観だけではありません。職場や教育現場において、男女関係なく平等に扱おうという動きにも変化は見て取れます。

30年前、土木現場で働く女性いわゆる「どぼじょ」という言葉などなかった時代、学生だった筆者の母は授業の一環である工事現場見学で、立ち入りを断られたことがあるそうです。それは山を掘削してトンネルをつくる現場。理由は「山の神様は女性だから、女性が中に立ち入ると怒って山が崩れてしまうから」です。男子学生が見学を終えるまで、母を含めた女子学生5人はトンネル外で待っていたといいます。

「今は山でも、女性技術者は働いている。30年経って、女性の声が届くようになった」

と母は言います。

田辺さんはインタビューで、小説に登場する女性がよく旅をしていることに触れ、

今でも女の人たちは旅行が好きね。だって自分でいろいろ考えて、行く場所を選んでというのは、なかなか女の人生でできないことだもの。戦後、女の子一人で外出するようになって、時代もそれに見合うだけの世の中が開けてきましたね(ポプラ文庫『感傷旅行 センチメタル・ジャーニィ』より)

と答えています。

家庭においても仕事においても、男女の平等や自由に対する意識は日々アップグレードされています。それに伴い、女性が周囲を気にせず自分の生き方を選択できる環境も確立されつつあります。その時代を生きる人々の気持ちや暮らしに合った形に落ち着くまでには時間を要しますが、良い方向へ向かっていると田辺さんが教えてくれた気がします。

参考記事:

30日付読売新聞朝刊(東京12版)19面「軍国少女からの脱皮克明 田辺聖子さん終戦前後の日記」

参考資料:

田辺聖子著『感傷旅行 センチメタル・ジャーニィ』ポプラ文庫

文藝春秋2021年7月号