AI授業「先生」は必要か

 「石の上にも三年」ということわざがありますが、根気強く続けるうちに成長しているのは何も自分だけではありません。何年も同じ場所に座り続けていると、気づけば周りの景色が大きく変わっているなんてこともよくあるのです。

筆者は塾講師として個別指導塾でのアルバイトを始めて3年目になります。実際に現場で働いてきて、教育の環境がここ数年の間で急激な変化を遂げていると感じました。新型コロナウイルスの影響の拡大によるリモート授業の浸透やそれに伴った教材のデジタル化。いつの間にか入社当初から比べると、大幅に改良された授業形態へと進化していました。そして昨年度からついに、AIによる授業が導入されました。

AIは、これまでの学習データを分析し、その結果から割り出された苦手分野を集中的に取り上げるので、効率よく問題を解き進めることができます。また出題だけでなく、間違えた単元の解説や講義動画もついており、iPadのアプリ一つでいつでもどこでも学習することができるのです。

一方で新たな課題も現れました。AIの導入によって、講義から解説、演習まですべて生徒一人でできるようになってしまたため、講師が授業に関わる余地があるのかという懸念もあります。たしかに学習のプロセスをすべて一人で完了できるなら、わざわざ塾に来なくても、自習で十分な効果が期待できそうです。指導者は、一体何のために存在するのでしょうか。教育に大きな変化がもたらされるようになった今、指導者の役割を再確認する必要性が出てきました。

 

■指導者の意義

 よく上司から「講師に求められるのはティーチングではなくコーチングだ」と言われてきました。講師が一方的に必要な知識を叩き込むのがティーチング。しかしそれではただボーっとテレビを眺めるような感覚で、聞く側はどうしても受け身になってしまいがちです。一方のコーチングは、答えを生徒が持っているという前提で、自らの力でその答えを発見させるために指導者がサポートするというもの。ここでは、教わる側の自発性が求められ、講師との対話を通して初めて答えが導き出されるのです。

AIだけでの学習の一番のネックは、コーチングができないこと。つまり生徒とのコミュニケーションが取れないということです。十分に理解しないままその場しのぎの知識で訳の分からないまま先に進んでしまっている子、間違いの原因を突き詰めないために毎回同じところで躓き、同じ単元を延々と繰り返している子もいます。そこで必要になってくるのが講師によるコーチングです。間違えた問題に対して、どこをどう間違えたのか生徒に尋ねます。なかには、言葉だけではうまく説明できない子もいます。生徒の表情や声色、態度を見て、本当に理解しているか、何が原因かを探ります。また、授業に真剣に取り組めていない生徒を発見したら、厳しく指導します。やる気を向上させるのも講師の仕事の一つです。

人と人との関係性だからこそ伝わることも沢山あります。特にいやいや勉強をさせられている生徒には、なんのために勉強するのかをまず納得してもらわなくてはいけません。もちろんAI学習にもメリットはあります。ただ、完全に頼ってすべての授業を行うというのは、まだ難しいのではないかと思います。AIはあくまでも教材の一つとしてあるべきです。

「教科書『を』教えるのではなく、教科書『で』教えるのだ」という言葉があるように、教材は補完的な役割にとどまります。教育の主役は生徒であり、指導するのはAIではなく講師であるということを忘れてはいけません。AI『が』教えるのではなく、AI『で』教えるのです。

逆にいえば、指導者とAIが程よい均衡を保って協力すれば、これまで以上に質の高い授業を提供することができるのではないでしょうか。大学生活が終わるまで、現場で働く一講師としてもう少し教育の変化を見守っていけたらと思います。

 

27日付 朝日新聞デジタル「デジタル教科書『紙と当面併用』文科相、全面移行否定」