入管法改正論争を知らない在日外国人

「赤坂」と聞くと、TBS本社などがある盛り場、東京都港区の赤坂を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、福岡市中央区にも同じ地名の場所がある。この赤坂にはオフィスや予備校などが多く立ち並び、ビジネスパーソンや塾通いの高校生などの姿が目立つ。

ここに何やら神妙な面持ちの人々が頻繁に出入りする建物があった。福岡出入国管理局である。入国管理法の今国会での成立が断念された翌日の5月19日、ここを訪れた在留外国人に入管法改正について聞いてみた。

 福岡出入国管理局が入る建物(19日、筆者撮影)

 

建物玄関の前で封筒の中の大量の資料を整理している男性を見つけた。ネパール出身のこの方は在日4年目、永住権取得について相談に来たという。筆者は彼に入管法改正論争の意見を聞いたが、ピンときていない様子だった。入管法というワードが分からないのかもしれないと思い、分かりやすい言葉に言い換えたうえで再度質問してみたが、反応は同じだった。本当に知らないのかもしれない。

この後もネパール人2人、インド人1人にインタビューしたが、みな「知らない」と言った。ある人からは、「それ、お金貰えるやつですか?」と言われ、思わず絶句してしまった。

入管局の閉館時刻が迫るにつれて人数が減ったので、筆者は博多駅の隣のJR吉塚駅に移動した。日本語学校の授業を終えた留学生たちがこの駅から送迎バスで近くの工場や運輸センターに行き、夜にかけて働くという情報を耳にしたためだ。案の定、東口のロータリーには30人ほどの外国人が待機していた。ここでは3人に取材を試みたが、赤坂と違って日本語がほとんど通じなかった。「日本語は分かりますか?」という質問すら伝わらないこともあった。

JR吉塚駅東口ロータリー 外国人労働者を専用のバスが迎える(19日、筆者撮影)

 

「在日外国人の日本語レベルは思っていたほど高くない」と取材を通して感じた。赤坂では意思疎通は何とかできたものの「在留資格」や「管理措置」などの難しい単語となると、とても理解できる様子ではなかった。コンビニなどで働いている人も一定数いるが、彼らは日本語能力が極めて高いごく一部の層である。

今回の入管法改正案は在日外国人の権利に大きく関わるものである。結果として事実上の廃案になったが、論争は主として「政府 VS 野党+外国人に同情する日本人」という対立構図で、当事者は日本語が分からないがために取り残されている構図が取材を通して浮かび上がってきた。

 

入国管理局のお知らせ欄には「やさしい日本語」での情報提供の案内があった。在日外国人全てに共通する言語は日本語であるとの考えから工夫された、平易な日本語のことである。例えば、「医療がひっ迫」は「病院はとても忙しい」に言い換えられる。母国語が多様になっている状況に対応できるのが強みだ。また、筆者が翻訳アプリで実験してみたところ、「やさしい日本語」の方が他言語への翻訳ミスが少なくなることが分かった。日本語が全く分からない人にもメリットがあるだろう。

近年ではSNSを用いることで意見表明ができ、選挙以外でも政治を動かすことが可能になってきている。昨年の検察庁法改正断念はその好例だろう。選挙権がなくともSNSならば考えを発信することはできる。さらに、その声に日本人が共鳴して大きな波となるというのは可能性として十分ある。政府やメディアが在日外国人向けの情報発信を怠れば、そうした当事者や理解を示す人々の考えを知る道は閉ざされてしまう。

多言語での表記や「やさしい日本語」などを駆使しながら、たとえ審議中の法案であっても彼らに十分に周知する責務が国とメディアにはあると思う。

 

 

参考記事:

19日付 朝日新聞朝刊(福岡14版)1面「入管法改正 今国会断念」

 

参考資料:

NIKKEI STYLE  実は日本語エリート?外国人コンビニ店員がすごい