『政治家の覚悟』を読んでみた

 書店に行くと必ず平積みにされてある新書がある。菅義偉首相の著書『政治家の覚悟』である。本書は野党時代の2012年3月に刊行した単行本『政治家の覚悟』の改訂版。公文書管理の重要性を訴える記述があった章などの削除が話題となった。

 私も本書を読んでみたのだが、率直な感想を言うと面白くはなかった。本書の中核をなす第一部「官僚を動かせ」は、いかにして伝統墨守の官僚を働かしてきたかについて自身の実績とともに記されており、内容がいささか単調だったからである。

菅義偉首相の『政治家の覚悟』(文春新書)。眼光が鋭い。2020年11月28日撮影。

しかし、面白さはともかく、菅首相の政治手法を理解する上では、極めて有益な本であった。特に、本書に記されている官僚観、人事権の使い方については今般の政治を理解する上でも参考になった。その為、今回はそれらについて自分なりにまとめてみることにした。

〈官僚観〉

 菅首相の官僚観を端的にいうと「おそろしく保守的で融通のきかない」、しかし「優秀で勉強家」という像に集約される。そして、そんな官僚と「十分な意思疎通をはかり、やる気を引き出し、組織の力を最大化して、国民の声を実現していくこと」が政治家の役割である、と考えている。では、菅首相はいかにして官僚を使いこなしてしたのか。答えは単純、「ゴリ押し」である。

 第1次安倍内閣で総務大臣に就任した菅首相は、「地方分権改革推進法案」や「ふるさと納税」制度など当初は官僚から反対されていた法案も「ゴリ押し」することで成立させた。「ふるさと納税」制度は、「ぜったいにやるぞ。どうしたらできるか、その方策を探るための研究会を立ち上げる」と反対する官僚を押し切り、ふるさと納税研究会を設置。すると、「前例のない事柄を、初めはなんとかして思い留まらせよう」としていた官僚が、「今度は一転して推進のための強力な味方」になったと言う。

 官僚が政権の決めた方向性に反対すれば「異動してもらう」と発言するなど、強面で知られていた菅首相。その背景には、このような「ゴリ押し」成功体験があるのかもしれない。

〈人事権〉

 方向性を 「ゴリ押し」でも示すことで、官僚を動かしてきた菅首相。しかし、うまく官僚が従わない時もある。その時に使用するのが「伝家の宝刀」人事権である。

 本書では、人事権行使は「大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わり」、かつ「効果的に使えば、組織を引き締めて一体感を高めることができ」る、と記されいる。

 その最たる例が、本書でも紹介されている総務大臣時代のNHK改革だ。受信料の義務化と2割値下げを示した菅総務相(当時)に対して、NHKのみならず自民党内にも根強い反対論があった。さらに、総務省での「論説懇」でもNHKを担当している課長が、「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない。どうなるかわかりません」と発言するほどであった。

 この発言に対して、菅大臣は、「課長職という現場のトップがそのような意識では、改革に向けた姿勢が疑われ、組織はまとま」らない、と判断し、担当課長を更迭した。突然の更迭は「結果として官僚の中に緊張感が生まれ」、「組織の意思が統一され、一丸となってNHK改革に取り組むことができた」そうだ。

 今般の日本学術会議任命拒否問題も「伝家の宝刀」である人事権行使による「メッセージ」、「組織の引き締め」と見るのは邪推のしすぎだろうか。

〈読後感想〉

 人の動かし方に関する菅首相の並々ならぬ関心の高さには驚いた。選挙に当選するためには、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の「3つのバン」が必要と言われているが、それらを持っていなかった菅首相にとって、「人を動かす力」こそが政治家として生き残っていく上で唯一の武器であったことを窺わせる。

 また、安倍前首相の『美しい日本へ』(改訂版は『新しい日本へ』)が憲法や安保、教育、歴史認識などイデオロギー色の強い事柄にページが割かれていたのに対して、『政治家の覚悟』ではほとんど取り上げられていなかった。つまり、前政権と現政権のトップで関心事項に大きな相違があることがわかる。その為、菅政権を「安倍路線の継承政権」と簡単に位置付けるのは本質を見誤る可能性があるように思った。

 いずれにしても、本書は首相を理解する上で欠かせない本であるのは間違いない。内容の面白さはともかくとして、政治に関心のある人にとって一読の価値はある本である。

参考記事:

28日付 朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞 各紙朝刊 首相の動静記事

参考資料:

菅義偉『政治家の覚悟』文春新書、2020