【特集】手話での接客、驚く客

本来なら、お待たせいたしました、と声をかけるのだろう。しかし、若い男性店員は無言でイチゴのフラペチーノをのせたトレーを年配の男性客の前に置いた。続けて「(ご注文)有難うございました」と手話で伝える。目の前の様子を男性客は目を丸くして、見ていた。立ち去った後も目で追っていたほどに。

手話を見るのが初めてだったのか、それとも聴覚障がい者が接客をしているのに驚いたか―。

こんな様子を目撃したのは、先月末に東京・国立市にオープンしたばかりのスターバックスでのことだ。聴覚に障がいのある従業員が中心となって手話で接客する店舗だ。

私は身内に中途失聴者がいるため、大学のサークルで手話を習っている。この店では、注文は、手話や筆談、メニューへの指差しで行う。ネットの記事でそのことを知り、訪れることにした。足を運んだのは、夜の9時ごろ。手話で話しかけられたらいいな、と人の少ない閉店前を狙った。

注文のときは、手話対応ができる人ではなかったので、手話は使えなかったが、頼んだカフェラテを作ってくれているのは、補聴器を付けた若い男性だった。思い切って話しかけてみることに。「私は、大学で手話を勉強しているんですよ」と伝えると、笑顔で両手を体の前で上下に動かしてくれた。「嬉しい」という手話である。カウンター近くのテーブルに席を移し、質問をした。社員なのか、アルバイトなのか。この店舗が国立に建てられた理由も尋ねた。相手の素早い手話を読み取ることは難しく、筆談で回答を得た。

私たちが外国人と会話をするときは、身振り手振りを使って、何を話したいかを伝えることが多い。それに対して手話では、口をしっかり動かすことでも伝えられる。聴覚障がい者の多くは、唇の動きを読んでいるからだ。たとえ、手話ができなくても、筆談や口の動きでコミュニケーションは取れることを知っておきたい。

手話を操る店員を見て、驚いていた男性客。その光景から感じたのは、聴覚に障がいを持つ人が店頭で接客をしている、これが極めて珍しいということだ。私はファミリーレストランでアルバイトをしていた経験があるが、耳の聞こえない人が働いていたことはない。スターバックスの試みは雇用の場を生むだけでなく、多くの人がハンデを持っている人と顔と顔を合わせ、コミュニケーションをとる、そんな機会を提供しているのだとも思った。

国立店を訪れた後、聴覚障がい者はほかにどんなところで働いているのだろうか、という疑問を持った。私が来年から働く会社では、障がい者の雇用はどうなっているのか気になり、人事グループの担当者に問い合わせてみた。すると、各部門で障がいを持った人が勤務しているとのこと。障がい者の雇用は、法律で義務付けられている雇用率を守っていて、今後も継続できるよう努めていくと教えていただいた。

最近、障がい者には存在価値がない、という考えが世の中に広がっていないだろうか。4年前には、相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で利用者19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件も発生した。

植松聖死刑囚は「障がい者は生きる意味がない」などと主張を繰り返していた。生産性がなければ、存在価値がない。そんな歪んだ「優生思想」に歯止めをかけるには、ひとくくりにされている「障がい者」を知ること、顔を合わせることが大切だと考える。ハンデを持つ人が暮らしやすいと思える世の中は、誰もが暮らしやすいと思える社会だからだ。

「お客さんの3分の1が聴覚障がい者ですかね」と女性店員の方が話してくれた。足を運んでくるお客さんとも話してみたい。私は今後も足を運び続ける。

参考記事:
26日付朝日新聞デジタル「風が好きだった美帆ちゃん やまゆり園事件4年、母語る」

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