夏の大舞台 勝敗を超えて甲子園が受け継いできたもの

第108回全国高校野球選手権大会が8月5日から阪神甲子園球場で開催されました。筆者は8月11日と12日に現地へ足を運びました。16年ぶりに母校が出場していたこともあり、3塁側のアルプス席で試合を観戦しました。在学中には甲子園に行くことができなかったのですが、卒業から3年を経て高校時代の友人と甲子園で再会を果たし、声を限りに応援しました。攻撃や守備でいいプレーがあった時には応援団や生徒だけでなく多くの父兄が喜んでいる姿が特に印象的でした。

 

夏の高校野球といえば兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場というイメージが強いと思います。しかし、大会の前身である全国中等学校優勝野球大会が初めて開催された球場は大阪府豊中市にある豊中グラウンドでした。

現在の豊中グラウンド跡地、当時と同じように赤レンガの外壁が残されている(8月12日、筆者撮影)

 

豊中グラウンドは赤レンガの外壁に囲まれており、1910年5月に箕面有馬電気軌道(現:阪急電鉄)によって建設されました。25年に開催された第1回大会には10校が参加し、京都府立第二中学(現:鳥羽高校)が優勝しました。その後、観客の収容人数などの問題により、第3回大会は西宮市の鳴尾球場で開催され、24年の第10回大会から現在のように甲子園球場で行われることになりました。

 

豊中市のグラウンド跡地には「高校野球発祥の地記念公園」があります。豊中駅から徒歩10分の閑静な住宅街の中にあり、外壁の赤レンガの一部は当時のまま保存されています。筆者が訪れた日が甲子園の開催期間中だったこともあり、公園で足を止め写真を撮っている人もいました。

高校野球発祥の地記念公園(8月12日、筆者撮影)

 

公園の東側には歴代の甲子園優勝校、準優勝校の名前が入ったプレートが展示されています。しかし、大会が行われなかった年があります。中止と聞くと2020年の新型コロナウイルスによる影響が記憶に新しいと思いますが、歴史を遡ると初めて大会が中止に追い込まれたのは1918年、全国を揺るがせた米騒動によるものです。また、41年から45年は日中戦争、第二次世界大戦の影響で大会は行われませんでした。

甲子園優勝校、準優勝校の名前が入ったプレート(8月12日、筆者撮影)

 

戦局の深刻化によって中止されたはずの大会ですが、42年に文部省が一度だけ大会を主催しています。戦意高揚を目的とし、全校中等学校優勝野球大会ではなく全国中等学校錬成野球大会という名称でした。公式的な記録に残らない「幻の甲子園」です。

 

2026年、108回大会の熱戦を見守った甲子園球場。その歩みには戦争や社会的な混乱を乗り越えて大会が続けられている歴史があります。来年の夏は、試合の勝敗だけに関わらずに大会を受け継いで開催してきた先人たちの想いを忘れずに観戦したいものです。

 

参考資料:

豊中市 高校野球発祥の地

https://www.city.toyonaka.osaka.jp/joho/shoukai/gaiyou/baseball.html