チベット聖地で大規模な岩氷雪崩 伝統文化の危機にも

26日、ネパールと中国の国境付近、ヒマラヤ山岳部で大規模な土石流が発生しました。現時点で両国合わせて492人が死亡、日本人家族を含む1500人以上の消息が不明です。原因について様々な見方があるなか、米地質調査所は氷河の崩落が雪崩を引き起こしたと分析しています。筆者が訪れた2年前のネパールで出会った山岳地域の人々の暮らしや伝統文化がどうなるのか。極めて深刻な事態というほかありません。

雪崩が発生したラスワ郡の東隣のシンドパルチョーク郡の中国国境検問所付近(2024年8月、筆者撮影)

衛星写真などから、国境に近いランタン・リルン山の北側斜面から氷河の一部が谷へ落下したと考えられています。通常の雪崩とは異なり、巨大な岩石や土砂を巻き込みながら進む、岩氷雪崩です。崩れた岩や氷は川の流れを一時的に阻み、「せき止め湖」を形成します。そうしたダムが決壊を繰り返すことで、連鎖災害が起こり多くの被災者を出します。今回は、氷河の崩落地点から直線距離で100キロの地点でも被害が確認されるほど悲惨な災害となりました。

 

雪崩に巻き込まれた観光客の多くは中国チベット自治区のカイラス山やマナサロワル湖を目指していたとみられています。カイラス山はチベットの最奥地に位置し、チベット仏教徒、ヒンズー教徒、ジャイナ教徒、ボン教徒が一生に一度は巡礼することを望む聖地です。特に今年は午年であり、より多くの巡礼者が訪れていたとされます。午年は釈迦牟尼仏の生誕年であり、この山もあわせて形成されたと信じられているからです。通常の巡礼の13倍の功徳が得られるため、インド人を中心に多くの信徒が集まりました。

 

ネパールは観光産業に支えられており、エベレストに代表されるヒマラヤ登山や世界遺産として知られるバクタプル、パタンの歴史地区に訪れる外国人観光客の数は右肩上がりです。筆者が訪れた際に最も印象に残っているのは「クマリ」という生きた女神です。クマリは初潮前の幼い少女から選ばれ、厳しい身体条件を満たし、生贄とされる動物の頭部が並べられた暗室で長時間耐える精神力も必要です。

 

クマリは早くて3歳頃から親元を離れ、学校にも行かず、年に数回の祭りの時だけ館の外へ出ます。パタンのクマリに手を合わせた時は、生きている人間を神と同様に崇拝することに違和感を覚えるとともに、17世紀から受け継いできた伝統を感じる瞬間でもありました。幼児虐待との人権団体からの指摘もありますが、教育機関や社会との接点を増やし、ネパール人の心の支えとして存続してほしいものです。基本的にパタン以外のクマリを見ることは難しく、実態の調査も進んでいませんが、山岳地帯を含む全土に点在すると言われています。今回の災害が及ぼした影響が気になります。

世界遺産パタンの街並み(2024年8月、筆者撮影)

氷河崩壊の要因は地質や気候など多数の要因が関係しており、調査が進められている最中です。国連はネパールの雪山では30年あまりで氷河の3分の1が消滅したと指摘しています。地球温暖化によって永久凍土が解け、山の土台が不安定になったということも原因の一つと見られます。雨季は山道での地滑りが頻発し、筆者が訪れたシンドパルチョーク郡の道もいたるところで工事の様子が見られました。しかし、険しい山道を抜け中国の国境付近へ着くと、中国・チベット文化とネパール文化が同時に存在する共同体が存在し、感動しました。

うどんに似るチベット系ヌードルのトゥクパ。食卓には中国の調味料が並ぶ(2024年8月、中国国境付近のタトパ二にて筆者撮影)

ネパールの二酸化炭素排出量は世界全体で0.1%にも満たないのですが、温暖化の弊害は地理的条件の厳しい途上国から表れます。100以上の民族が共存するネパールでは集落が被災することで文化そのものが消滅してしまう恐れも否定できません。また、山岳地帯ではチベット仏教の修行で長期間、山の中で生活をしている人々もいます。ヒマラヤ山脈の氷河の融解は山岳文化そのもの破壊であり、斜面対策工事などが急がれます。また、世界各国が温暖化を抑える緩和策に踏み出し、このような災害が減ることを祈ります。

ネパールの山岳地帯では事故が多発する(2024年8月、シンドパルチョーク郡にて筆者撮影)

 

参考記事:

 

28日付 読売新聞オンライン ネパール土石流「すべてを一瞬で押し流した」…死者584人・行方不明2500人、不明5邦人は大阪の家族か(https://www.yomiuri.co.jp/world/20260828-GYT1T00338/

29日付 朝日新聞デジタル ネパールの大規模土石流、なぜこれほどの被害? 温暖化で増すリスク(https://digital.asahi.com/articles/ASV8X44FGV8XUTFL01DM.html?_requesturl=articles/ASV8X44FGV8XUTFL01DM.html&pn=6

28日付 日経新聞電子版 [社説]ネパール洪水に温暖化の懸念(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK284MI0Y6A820C2000000/

28日付 時事ドットコム 風光明媚な景観、人気高く チベット聖地へ続く地域―ネパール(https://www.jiji.com/jc/article?k=2026082701008&g=int