京都男児事件、池袋ポケセン事件…SNSと事件報道の在り方を問う

刑事裁判には、判決が確定するまで被告人は有罪として扱われない「無罪推定」の原則や、無罪とされた行為についてはあらためて刑事上の責任を問われることはなく、また同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない「一事不再理」の原則があります。しかし、こうした法的原則にもかかわらず、SNSでの情報発信が容易になった現代では「犯人探し」や扇情的なデマ投稿が目立ちます。SNS時代における事件報道のあり方を、見つめ直すべきではないでしょうか。

先日、京都府南丹市で行方不明になった小学生男児の安達結希君(11)が遺体で見つかった事件で、SNS上には臆測に基づく真偽不明の情報が多数発信されました。

「事件と関係がある」として、特定の人物の名前や職業を拡散する投稿が数多く見受けられ、約1830万回表示された投稿には、特定の施設名に言及した上で「施設で処理されていたら、遺体も証拠も出てこない」「警察は事務的に捜索をしている」とありました。また、死体遺棄容疑で逮捕された父親の優季容疑者とその親族が「施設職員」だとする別の投稿も拡散されました。これらの投稿について、施設担当者や府警幹部は「全くの虚偽」だとし、全国から問い合わせが殺到して業務に支障が出たことを報告しています。

父親の優季容疑者を「外国籍」と断定する投稿も拡散され、台湾のテレビ局のニュース動画に「中国籍の継父が関与した可能性」と中国語のテロップが付く事態となりました。この投稿は860万回以上表示され、現在は「日本のSNSで流れていた誤った情報だった。深くおわびする」という声明が台湾テレビ局のホームページで発表されています。

加速的にデマが膨れ上がった今回の事件。中には出生や家庭環境、職業に対する差別的・暴力的な言葉も多く見られました。SNS上でデマ情報が広がったことについて、筑波大の原田隆之教授は「最初は心配からだったかもしれない。だが、いつの間にかエンタメのように事件を『消費』してしまっている」と指摘しています。デマや誹謗中傷は、人権侵害を招く恐れがあります。

今回の京都男児の事件のように、メディアの報道をきっかけに、SNS上で「身内の人間が犯人である」と決めつけるような過度な誹謗中傷やデマが流れるケースは過去にもありました。

一つは、2007年11月に香川県で起きた坂出3人殺害事件です。祖母と孫姉妹の計3人の行方不明が報じられた段階で被害姉妹の父親が「犯人ではないか」と疑われ、一部のテレビ番組や週刊誌、SNS上で犯人扱いされました。父親の名前が著名な画家と似ていたことから「画伯」とあだ名を付けられたほか、取材時の表情や口調を「怪しい」と誘導する報道がありました。実際に逮捕されたのは祖母の義理の弟で、父親は事件とは無関係でした。父親は、幼い娘2人と義母を一度に失ったうえに、SNS上で長らく犯人扱いされ続けるという誹謗中傷にも晒されたのです。

 また、2019年9月に山梨県で起きた山梨キャンプ場女児失踪事件でも、SNS上の「犯人探し」が被害者家族に大きな苦痛を与えています。山梨県道志村のキャンプ場で当時7歳の女児が行方不明となり、約2年半後に遺体で発見された事件です。捜索中にSNSや匿名掲示板で「母親が犯人」だとする投稿が繰り返されました。被害者女児の母親は、朝日新聞の取材に対し、「他人に『子供をひとりにして自業自得』と書かれるととても苦しい」「書き込む側は傷つけるつもりがなくても、受け取る側は何十倍も苦しみ、ずっと記憶に残るんです。みなさん一人ひとりに考えてほしい」と語っています。

この事件では、被害者女児の母親に「お前が犯人だろ。殺すぞお前」とメッセージを送った男が脅迫容疑で逮捕されたほか、ブログに母親の顔写真を掲載して犯人扱いした男も名誉毀損の疑いで逮捕され、どちらも有罪判決を受けています。

数々の事件報道がSNS上での過激な「犯人探し」に繋がっていることは、極めて深刻な事態と受け止められるべきです。フェイクニュースが溢れるSNS時代において、メディアはこれまで以上に丁寧な姿勢を保っていることは明らかです。しかし、報道がきっかけとなったSNSでのデマ拡散は後を絶ちません。自らの報道がどのような世論や批判、憶測につながるのかについて、ある程度は予測できるのではないでしょうか。言論統制にならぬよう、報道の自由を確保しながらも、重い責任を持つメディアにできることは何か。大きな課題が残されます。

一方で、被害者を守る報道の在り方も問われます。今年3月に起きた池袋ポケモンセンターでの刺殺事件では、容疑者の顔写真すら公開されていない段階で、被害者の顔写真、人物像、学生時代の生活が詳細に報じられました。写真や人物像が広まることは、二次被害を生みかねません。また、一度報じられた写真はSNSやまとめサイトを通じて拡散され、半永久的にネット上に残り続けます。

なぜ、被害者の情報が報道され、誹謗中傷が拡散されるのでしょうか。「公正世界仮説」という心理学用語があります。1960年代に社会心理学研究学者メルビン・ラーナーが提唱したもので、「良いことをした人には良い結果が、悪いことをした人には悪い結果がもたらされる」と考える心理的バイアスです。誰しもが、公正で平和な世界を望み、自らが理由もなく不当な目に遭うことを避けたいと感じます。そして、凄惨な事件が起きた時、「自分は大丈夫だ」と安心したいがゆえに、「被害者にも落ち度があった」「加害者には特別な理由があった」と考えてしまうのです。

このような心理効果も相まって、被害者に関する情報を報道すれば、拡散の度合いは強まるでしょう。拡散を狙い、閲覧数を増やす目的での報道は皆無でしょうか。朝日新聞デジタルでは、SNSで疑問の声が上がった「男消し」についての記事で、「10代、20代女性というワードがタイトルに入っているだけで記事が読まれやすい。若い女性が出てくると思うだけで、クリックする人がいる」というコラムサイトの計測から、「報道においても、『事件を起こした若い女性』『被害に遭った女性』の存在が見出しにはいることで、ニュースバリューが出る、ということはありうる」と見られています。閲覧数を伸ばすために、必要のない被害者の情報を報じて二次被害を起こしたり、犯人を推測させるような過熱報道が行われたりしていないか、批判的視点からの自己点検が欠かせません。

40年前、SNS以前の社会では、報道と人権の問題が大きく見つめ直された騒動がありました。「ロス疑惑」と呼ばれた事件で、1984年の週刊文春の連載「疑惑の銃弾」をきっかけに、加害者の疑いをかけられた人物について、ワイドショーや週刊誌がこぞって報じました。犯人の特定に至らない状況であったにもかかわらず、この人物のプライバシーに踏み込む扇情的な内容が競うように報道されました。

当時ロス在住で、この事件の記事を書いた北岡和義氏は「同じネタでいい、と頼まれた。過熱報道が突出した事件」と振り返っています。当初は抑制的であった新聞やテレビの報道も、この人物の逮捕直前からは激しさを増してゆき、最終的にこの人は自殺に至りました。メディアが名誉棄損で訴えられこともあり、「何のために事件報道があるのか、根本的に議論すべきだ」との批判が巻き起こり、戦後の報道の大々的な転機となりました。

しかし、「過剰報道」批判はその後も巻き起こっています。1989年に都内で起きた女子高校生コンクリート詰め殺人事件や、首都圏で4人の女児が殺害された連続幼女誘拐殺人事件では、被害者や加害者の家庭環境や個人情報が詳細に報じられました。また、東京都足立区の母子強盗殺人事件では、最終的に東京家裁が不処分を言い渡したにもかかわらず、逮捕された3少年の「非行ぶり」がしきりに報道されたことが問題になりました。こうした一連の騒動から40年ほど。「ロス疑惑」の時のような報道の転換を、SNS時代の今、もう一度考えるべきではないでしょうか。

昨17日には、人工知能(AI)政策を担当する小野田経済安全保障相が熊本地震発生10年に関連し、災害時のデマなど偽情報の拡散が「AI技術の進歩でより容易に行われるリスク」があると述べ、注意を呼びかけたばかりです。これは災害時に限りません。これからの時代、メディアとSNSとの距離は、さらに縮まり、時には重なり合うことでしょう。被害者、被害者の関係者、そして全ての人のプライバシーを守る報道体制がより強化されることを望みます。

 

(文・写真=米田麗美)

 

参考記事

読売新聞デジタル 2026年4月17日 災害時のデマ拡散、小野田経済安保相「AI技術の進歩でより容易に行われるリスク」と注意を呼びかけ

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260417-GYT1T00311/

読売新聞デジタル 2026年4月17日 社説 京都男児遺棄 11歳の命が失われる理不尽さ

https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20260416-GYT1T00371/

読売新聞デジタル 2026年4月17日 京都男児死体遺棄、「逮捕の養父は中国籍」はデマ…報道した台湾のテレビ局「日本のSNSで流れていた誤った情報だった」

https://www.yomiuri.co.jp/national/20260417-GYT1T00306/

朝日新聞デジタル 2026年4月18日 行方不明の男児を「施設で…」 捜索中に広がったデマ投稿を追った

https://digital.asahi.com/articles/ASV4K2K19V4KOXIE012M.html?ref=webpush0418morning

朝日新聞デジタル 2025年7月9日 ニュースに潜む「男消し構文」 加害者男性が〝透明〟になる要因とは

https://digital.asahi.com/articles/AST74249DT74ULLI00DM.html

朝日新聞デジタル 2021年9月19日 山梨不明女児の母、いまも苦悩 自責の念を駆り立てるネット中傷

https://digital.asahi.com/articles/ASP9M5CLJP9JUZOB003.html

朝日新聞デジタル 2021年4月20日 ネット中傷は「言葉の刃」 山梨不明女児の母が提訴会見

https://digital.asahi.com/articles/ASP4N5SR8P4NUTIL035.html?iref=pc_rellink_02

朝日新聞 2008年4月6日 事件報道、扇情・過熱減る 「ロス疑惑」4半世紀

http://www.asahi.com/special/080224/TKY200804050234.html

日本心理学会 「人はなぜ被害者を責めるのか?公正世界仮説がもたらすもの」https://psychmuseum.jp/show_room/just_world/ 2026年4月17日参照

日本新聞協会 2008年3月11日「なぜ今になって…」

https://www.pressnet.or.jp/publication/view/080311_203.html