伝統は「継承」か「変革」か

米国アップル社は今月9日、同社初となる折り畳み式のiPhoneの発売を発表しました。畳める機種としては、既にサムスンから出されたgalaxyシリーズなどあります。スマホの前身である「ガラケー」への回顧とも言える昨今の動きには、伝統の尊重といった側面があるように思われます。

 

昨日と今日、明日とでは違う社会になっている、なんてことは当たり前の世の中になりつつあるにも関わらず、しっかりと残り続けているものが確かにあります。それは「伝統」と呼ばれ、多くは次の世代に継承していくことを求められます。

 

もちろんその姿勢は大切ですが、「こんなに世の中は動いてるのに、なんでこれは変わらないのか」と思うことはありませんか。そこで、今回はそんな「変革」があってもいいのではないかという伝統について考えてみたいと思います。

 

筆者が変革を求めるのは、伝統が色濃く残る「結婚式」です。先日、いとこの挙式があり、それに向けご祝儀や参列服などを準備していた時、様々なルールに「なんでやねん」と思うことがありました。例えば、ご祝儀袋の水引です。結び方は、「一度結んだら解けないもの」が好まれ、本数も増えていくほど、豪華さや丁寧さを表現できるなど、簡単にこのデザインがかわいいからで選ぶことはできません。

 

そして、ご祝儀袋に書く名前も「何で昔のままやねん」思う点でした。インターネットで検索すると、避けるものとしてボールペンや万年筆が挙げられる一方で、好ましいものとして「筆ペン」が出てきます。確かに、筆文字であれば丁寧さや普段とは異なる特別感が出てくることは否定できません。

 

ですが、日常で筆文字を書く機会など滅多にないことも事実でしょう。経験やセンスがもろに表れる筆文字は、字を書くことさえ減った現代人にはつらいものがあります。

そして、そのご祝儀も式当日に渡すのか、事前に渡しに行くのかなども親類だと考えなければならないようでした。

 

こういったご祝儀や服装などのルールには、暗黙の了解といった雰囲気があり、知らずにやってしまうと常識のない人のように見られ、恥をかいてしまいます。この周りからの視線に関しても変わっていかないものかと思ってしまいます。

 

そして、式自体にも考えものだと思うがことがありました。例えば、新郎新婦がケーキなどを食べさせ合う「ファーストバイト」です。新郎から新婦、新婦から新郎、どちらが食べさせるかによってその意味合いが異なるようでした。筆者がひねくれているだけだと言われれば言い返せませんが、この男女平等だ、なんだと言われる時代に、ことさら男女を強調するような意味付けや形式はなぜ変わらないのでしょうか。

 

感動の場面もそうです。何を考えることがあるのかと思う方もいらっしゃるでしょう。それでも、バージンロードを新婦と歩くのは父親で、父からバトンを受け取るのは新郎、母はそれを見送る役目。涙をそそる演出も現代社会の在り方を考えると違和感がないとは言いきれないでしょう。

 

すごく素敵な式でしたし、料理もおいしく楽しい時間を過ごすことができました。以前参列した時は、幼稚園生だったので記憶も曖昧で、伝統とか慣習といったものを考えたこともありませんでしたから、大人になってこういう機会を経験できたことは今後の勉強にもなったなと感じています。

 

ですが、どうしても「男」と「女」、「家」を重んじるような伝統ある結婚式の形には疑問を抱いてしまいます。こんなにも社会は動いているのに、筆文字がいいとか、新郎のゲストは男性、新婦のゲストは女性が基本といった伝統には変革が訪れてもいいのではないでしょうか。その方が、もっと皆が幸せに、笑顔になれると筆者は思います。

 

結婚式に限らず、もっと柔軟に寛容になることで、皆が過ごしやすい社会になっていくのではないかと思います。そうなった時、「昔はねー」なんて世代を超えての会話がより楽しくなりそうです。

 

 

参考記事

朝日新聞 2026年9月11日公開

「折りたたみiPhone、36万円 新時代の幕開け?ニッチな製品?」

https://www.asahi.com/articles/DA3S16544262.html