富山県中新川群立山町に位置する黒部ダムは2026年6月5日に完成から63年を迎えました。高さ186m、全長492mにも及ぶ日本最大のコンクリートダムとなっています。形式はアーチ型になっていますが、ダムの左右には重力式も採用されたコンバイン式になっています。貯水量は約2億㎥にも上ります。筆者は6月13日、14日に黒部ダムがある立山町を訪れました。
ダムは1956年に着工され、7年の期間を得て63年に完成しました。戦後の経済復興に伴う、電力不足を解消するために関西電力が建設を進めました。北アルプスの3000mを超える山々が立ち並び、降水量が多く勾配が急な河川が貫く黒部峡谷に建設されました。「くろよん」の愛称はダムに設けられた黒部第四発電所が由来となっています。
まず北大町専用停車場からの資材輸送路「大町ルート」に着工し、ダムの工事で一番の難関といわれた5.6㎞の大町トンネル(現:関電トンネル)の採掘工事が始まりました。その中でも一番の障壁となったのがトンネル入り口から1691m地点の80mに及ぶ破砕帯です。この地点には地盤が緩く崩れやすい地層が横たわり、毎秒660リットルの地下水と土砂があふれ出したといいます。この破砕帯の突破には7か月の時間がかかったそうです。
トンネル工事の写真やダムを構築するためのコンクリートバケットや滑車も残されており、事業の大きさと過酷さを肌で感じました。工事ではコンクリートバケットを吊り下げ、移動させることでコンクリートを運んでいました。これらの道具は一日に最高で960回も運搬をしていたそうです。この大規模な工事は171名の殉職者を出しています。犠牲となった方を弔うための慰霊碑があり、訪れた多くの人が手を合わせていました。
黒部ダムには長野県からと富山県からのルートがあり、筆者は長野県から向かいました。長野駅からバスで扇沢駅へ移動し、そこからは電気バスで関電トンネルを通り、16分ほどで黒部ダム駅に到着します。トンネル内には難所となった破砕帯の場所が青色のランプで照らされており、工事の背景を考えるとその80mの区間はとても長く感じ、心が揺さぶられました。
2024年までは扇沢駅から黒部ダムの区間ではトロリーバスが運行されていました。トロリーバスとは見た目こそバスのような形をしていますが、鉄道の仲間です。車体の上部は電線とつながっており、電力の供給を受けながら走ります。1964年から2024年まで運行したトロリーバスは車両の老朽化や更新部品の困難さなどから引退し、その役割を電気バスが引き継ぎました。
黒部ダムには毎年6月下旬から始まる観光放水や名物のダムカレーなどもあり、富山県を代表する観光地の一つです。しかし、そのインフラと観光を支える背景には高度成長期を迎える日本経済の電力問題や先人たちの血のにじむ努力があることを痛感しました。
参考文献:
読売新聞オンライン 2026年6月26日付 富山・黒部ダムで観光放水始まる…毎秒10トン噴出で山々に轟音響く、観光客「造った歴史に圧倒」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260626-GYT1T00204/
参考資料:
黒部ダムホームページ
関西電力 世紀の大工事~くろよん建設ヒストリー
https://www.kepco.co.jp/brand/kuroyon_history/





