東日本大震災から7年。復興は着実に進んでいますが、避難生活を送る人はまだまだ少なくありません。今年もテレビの前で黙とうを捧げました。3月11日は、私たち日本人にとって忘れられない日です。
さて、前日の3月10日が同様に歴史的な慰霊の日であることを知っていますか。9日深夜から翌10日にかけて起きた「東京大空襲」は、沖縄戦や広島・長崎の原爆投下と並んで多くの民間人が犠牲となった悲しい思い出です。
総務省HPによれば、被害は「全焼家屋約26万7000戸、死者約8万4000人」にも及び、多くの尊い命が失われ、東京の広範囲が焼け野原と化したのです。300機を超えるアメリカ軍B29爆撃機は、本所(墨田区)、深川(江東区)、城東(江東区)、浅草(台東区)などの下町を中心に焼夷弾の雨を降らせました。わずか2時間あまりの出来事だったにも関わらず、季節風の影響や木造住宅の密集地域がターゲットにされたことから一瞬にして燃え広がり、一夜にして市街地の6割が消失しました。
9、10日両日の新聞3紙を見ると、東京大空襲を伝える記事は震災特集に隠れるように片隅に掲載されていました。自分自身が経験した震災ですら記憶が風化しているのを感じます。ましてや73年も前に起こった出来事に想いを馳せる人はそう多くないようです。多くの戦後世代にとっては、教科書に書かれた単なる「歴史」でしかないのかもしれません。
数少ない記事の中で紹介されていたのは、空襲で犠牲となった方々の遺骨が安置されている東京都慰霊堂での追悼法要です。実際に足を運んで見てきました。霊堂のすぐ側には「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」が設置されています。
花でいっぱいの「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」
霊堂のある東京都立横綱公園から北へ、隅田川沿いを30分ほど歩くと、桜の名所として有名な隅田公園があります。両岸にまたぐ公園を繋ぐ言問橋(ことといばし)は、関東大震災の復興の象徴として建造されましたが、皮肉にも空襲において悲劇の場所として知られています。火の海に追われ行き場を失った人々が向こう岸へ逃げようと、両側から渡ろうとしたため橋上は大混雑。燃え移った火で橋は炎上し、身動きの取れなくなった多くの人が焼死しました。
隅田川に架かる言問橋(右下)とスカイツリー手前にある隅田公園の桜(左下)
橋を渡り西側へ向かうと、公園内に「東京大空襲犠牲者追悼碑」を見つけました。千羽鶴や献花が並べられています。「あゝ 東京大空襲 朋よやすらかに」と書かれた石碑の前には、立ち止まって読む人や手を合わせて祈る人の姿が途切れませんでした。
隅田公園内に位置する「東京大空襲犠牲者追悼碑」
「ママ、何読んでるの?」と問いかける幼い子どもに、「これは、戦争のことが書かれていてね、一緒にお祈りしようね」と声をかけているお母さんもいました。公園内は満開の桜を見に来た人で賑わっていましたが、前を通る人の多くが石碑に目をやり、気にかけているようでした。
幼い頃から戦争や平和について考える機会が多く、被爆者や戦いに傷ついた「傷痍軍人」の方から直接お話を伺ったり、多くの文献や資料を読んだりと先の大戦に関して学びを深めてきました。現在は戦争体験を語る「語り部」の研修を受けながら、戦後生まれの語り手として何ができるか日々模索しています。
決して、聞いていてワクワクするような明るい内容ではありません。もちろん関心があって取り組み始めましたが、重く悲しい記憶の数々に向き合えば向き合うほど、辛く感じる自分がいました。その苦しさから逃れようと、活動や話題から遠ざかった時期もあります。
そんな手探り状態の中で、わかったことがあります。後世に伝えていくことの大切さです。それは、単に負の歴史を繰り返さないことだけが目的ではありません。心身ともに傷つき、命を落とした人たちの「生きた証を残す」ということに大きな意味があると気づいたのです。
一人ひとりに大切な人やものや夢があり、人生があったという事実を伝えていくこと。無念や思いを語り継ぐこと。漠然と「戦争はいけない」「平和は大切だ」と唱えても実感は湧きにくいですが、彼らを知ることが自分たちの生活ひいては社会や世界を考えるきっかけとなり、結果的に歴史から学ぶことにつながるのだと思います。
あなたにとって平和とは何ですか。平和は戦争のない状態だと言う人がいます。笑顔で幸せに暮らせることだと言う人もいます。どれも正解なのだと思います。それぞれの平和を実現するために、平和ではなかった時代の人たちを知るところから始めてみませんか。
参考記事:
9日付 日本経済新聞(東京14版)1面 春秋
同日付 読売新聞朝刊(東京14版)33面(地域)「家族の記憶宿る定期券」
10日付 朝日新聞夕刊(東京4版)6面(社会)「東京大空襲73年 祈り」
同日付 日本経済新聞夕刊(東京4版)9面(社会)「戦争の悲惨さ語り継ぐ」
同日付 読売新聞朝刊(東京14版)33面(地域)「炎と煙 必死に逃げた」
同日付 読売新聞朝刊(東京4版)12面「悲しみ 語り継ぐ」
総務省HP 「東京都における戦災の状況(東京)」