全く臭みがなく、さっぱりとした味わい。地元の長崎に帰省した際、実家で食べた漬け丼が美味しく、「うまいねこれ、どうしたの?」と、思わず親に尋ねた。
長崎市東部の戸石地区で同市の特産品である柑橘「ゆうこう」を混ぜた餌をシマアジやマダイに与え、ブランド化している。ゆうこうは長崎市の限られた地域だけに自生し、キリシタンと深く関わりのある地域に多いため、キリシタンが伝えたという説もあるという。漬け丼はここで育てられた魚を使った商品だった。
「ゆうこうシマアジ」「ゆうこうマダイ」を養殖しているのは、昌陽水産の長野陽司社長(37)と、雄昇水産の西元崇博社長(37)だ。ブランド化の経緯について話を聞いた。
かつてフグの養殖を主に手がけていた昌陽水産。約4年前にフグに病気が広がったことで将来性に不安を感じ、シマアジの養殖を始めた。「ただ売るだけではいけない、付加価値をつけたい」と考えていたところ、長崎市水産センターがゆうこうを活用した養殖の実験を進めており、その技術を取り入れた。出荷の10日前から、ゆうこうを混ぜた餌を与えることで抗酸化作用により臭みがなくなり、程よい脂乗りになるという。
ゆうこうは、ジュースなどを製造する過程で出る搾りかすを加工業者から仕入れている。「地元の食材同士、農業と水産を掛け合わせた新たな長崎市のブランド」と胸を張る。2021年からは地元スーパー大手が取り扱いを始め、一気に売り上げが伸びた。現在も「直接、仕入れたい」と多くの問い合わせがあり、販路の開拓が進んでいる。食べた人たちからは、「臭みがない、美味しい」と評価する声が上がっているそうだ。
ブランド化とともに、魚屋や飲食店との直接取引、市場を通さないネット販売などにも力を入れる。燃料や餌代の高騰が続くなか、西元社長は「市場を通すと、相場に左右され、魚価が上がらず生産者側は苦しい」と養殖業界の現状を語る。
これとは対照的に、飲食店や消費者との直接取引では、ブランド化した魚の品質を認めてもらえるようになったことで、自分たちでの値決めが可能になったという。ブランド化する前のマダイは1kgあたり900円だったが、現在は1600円で売れる。取引先からは、むしろ「この値段で大丈夫なのか」と言われるほどの高評価を受けている。雄昇水産では2年前に直販をはじめ、「最初はマダイ1匹から自分たちで配達していた」。一軒一軒店を回り、魚を食べてもらったうえで交渉し、今では月500万円以上を売り上げるようになったという。
生産者が直販を手掛けるメリットは大きい。市場を介さない分、手数料がかからず、売上が大きくなる。消費者も安くて新鮮な魚を手に入れることができる。これまで傷がついているなどの理由からB級品として市場では扱ってもらえなかったものも、自分たちで加工することでロスが少なくなった。生産者としてネットやスーパーで直接、消費者の声を聞けるようになったことも大きい。
魚は天然志向が強かったものの、乱獲や気候変動など様々な影響で日本の漁獲量が減少している。それだけに安定供給が望める養殖はメリットがある。また、どのような場所でどのような餌を与えられているのかが明確になり、トレーサビリティーや食の安全性の観点からも今後の重要性が高まるのではないだろうか。
昌陽水産では、魚の消費量が増えている海外向けのブランドの開発も進めている。長野社長は今後について、現在のブームを一過性のものにせず、地元での成果を確実にして、「ゆうこうブランドを全国で有名にしていきたい、また地元を盛り上げるきっかけにもしていきたい」と意気込みを語る。
取材を通して考えたことがある。今後私たちは消費者としてどのような魚を買うか、どこでどうやって買うかということを意識し、購入する必要があるのではないか。生産者である漁師の人々のためだけでなく、消費者である自分たちが美味しい魚を食べ続けられるためにも、直接漁師さんから買えるサイトを利用してみることも良いと思う。
また、魚のブランド化は多くのファンを生む。生産者の顔が直接見えることで、その人たちのこだわりや熱意を感じられるからだろう。筆者も、自分の地元にこんな美味しいものがあるのだと他県の友人や知り合いに紹介したくなった。地域の食材のP Rなどを通して、その土地を盛り上げることにもつながる。自分の地元にはどんな食材や商品があるのか探してみてはどうだろうか。