恩赦は必要なのか

徳仁天皇の即位礼正殿の儀がいよいよ2日後に迫ってきました。祝賀パレードこそ3週間後に延期が決まったものの、世間では様々な準備が進んでいます。既に元号が変わり、新紙幣の計画が発表され、そして22日には恩赦が実施されます。

恩赦は、憲法第7条で天皇の国事行為として明記されています。読売新聞によると「社会情勢の変化や法令・判例の変更によって実情に合わなくなった刑罰を修正し、救済を図る目的がある。近年は、社会復帰や更生を促すという刑事政策的な観点も重視されている」そうです。しかし、国民の間では批判的な意見が根強いことを勘案し、今回は規模を縮小することになりました。

1989年、90年の天皇代替わりの際は、2回合計で約1267万人が対象となりました。今年は、今上天皇退位の礼に際しては実施せず、徳仁天皇即位の礼のときのみで55万人。人数は95%以上減少することになります。

頻度も低下しています。戦後には、1945年、46年、47年、52年2回、56年、59年、68年、72年、89年、90年、93年に特別基準恩赦が発令されました。当初は皇室の慶弔事だけでなく、国連加盟や沖縄本土復帰など国家的に大きな出来事があるたびに実施していたようですが、今回は26年ぶりとなります。

規模が縮小し、頻度も低下している制度を継続する意味はあるのでしょうか。

奈良時代に成立したという恩赦は、元々、施政者の代替わりのときに、前代の施政者と意見が合わなかったり、陰謀によって貶められたりした人々を救済するために設けられたと思われます。

ただ、法の支配が確立された今日、権力者の行動は憲法や法律によって制限されており、個人の恣意的な判断で人が失脚させられることはありません。大日本帝国が崩壊するレベルで政府の姿勢が激変することも、犯罪者の範囲や定義が大きく覆されることもありません。制度が発令されるべき前提条件がもはや存在していないのです。

今こそ、時代遅れな恩赦を廃止すべきではないでしょうか。

 

参考記事:
19日付 読売新聞朝刊(大阪13版)3面「恩赦 対象絞り込む」
同日付 朝日新聞朝刊(大阪14版)3面「恩赦55万人 閣議決定」