落選議員は言葉の魔法使い失格?

「言霊(ことだま)」という言葉があります。広辞苑によれば、「言葉に宿っている不思議な霊威」。古代の人々は、霊的な力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じていました。

非科学的な信仰が支持されにくい現代においても、言葉の力を信じる人は多くいます。啓発本ではネガティブな表現よりもボジティブな表現が推奨され、家庭では言葉遣いを直されます。

このように、日本には古くから「言葉」を大切にする文化があります。粋な言い回しをする人や美しい言葉を使う人は、誰の目にも魅力的にうつりますよね。一方で、嫌味なことやきつい物言いばかりの人とはあまり関わりたくありません。

筑波大の掛谷准教授らは、ある人々の使う「言葉」を調べました。そこには、「丁寧な言葉遣いが少ない」「損得勘定の表現が多い」といった特徴がありました。さて、「ある人々」とはどんな人たちのことだと思いますか。

それは、選挙で当選しても再選されず、たったの1期で消えてしまう「短命」の国家議員たちです。国会の会議録から、2009年の総選挙で当選した「小沢チルドレン」139人と2005年の総選挙で当選した「小泉チルドレン」83人を調べました。小沢チルドレンでは「教える」という動詞がよく使われ、小泉チルドレンでは「売る」「もうかる」「ふやす」などの損得勘定に関する表現がよく使われていました。

一方、地方選挙を含めて再選された議員には、「いらっしゃる」「伺う」といった丁寧な動詞を使う傾向が見られました。良い印象を与える表現が有権者の心を掴んだのか、言葉遣いが議員を魅力的な人間にしたのかはわかりません。どちらにせよ、言葉と議員生命には何らかの因果関係がありそうです。

普段、私たちは数えきれないほどの言葉とともに暮らしています。個人の感性に委ねられるところではありますが、日頃できるだけ洗練された言葉を身の回りに置くようにしています。一緒にいる人と口癖が似てきた、なんて経験はありませんか。言い回しや表現は、日々接している人や触れている物に大きく影響され、その蓄積が考え方や人柄を形成していきます。それならば、ぞんざいで血の通わない言葉よりも、できるだけ優しく、美しく、温かい言葉と生きていきたいものです。

私たちは、たった一言に舞い上がったり落ち込んだりして、言葉に振り回されてばかりです。薬にも毒にもなるその影響力に恐ろしささえ感じます。古代の人の考えた「言霊」は、言い得て妙です。とは言え、誰かを支えたり勇気づけたり応援したりできるのは、やはり「言葉」なのだろうと思います。議員として有権者の心を動かすにも重要なのです。

「言葉の魔法」を自分や社会のためにどのように使えるか。永遠の問いになりそうです。

 

参考:

29日付 朝日新聞夕刊(東京4版)8面(社会)「短命議員 言葉で分かる?」