7月1日から始まった祇園祭も中盤に差し掛かった15日。四条周辺には夜店が並び、歩行者天国になる「宵々山」の日である。夜空を背景に照らしだされた山鉾、「コンチキチン」と響き渡る祇園囃子。京都が一番京都らしくなる日といっても過言ではない趣のある空間が広がる。
しかし、その日が訪れるのを快く思わない人も多くいる。とくに同志社大学の男子学生たちである。前々回の記事( http://allatanys.jp/blogs/8784/ )で紹介したとおり、この大学には祇園祭までに恋人ができないと「残飯」と呼ばれる因習が存在する。祇園祭とは、7月1日から7月31日までの1ヶ月にわたって続く。私の解釈が正しければ、月末までに恋人ができれば「残飯」に転落せずに済む。
そんな「残飯」予備軍にとって、とくに宵々山と宵山にあたる15日、16日はかなり重大な2日間となる。祭りの興奮は最高潮に達し、山鉾やちょうちんの柔らかな明かりに照らされた夜。「夏祭りマジック」、つまり夏祭り特有の雰囲気で舞い上がり、異性が1.5倍くらい良く見える現象、が起きるにはうってつけの環境といえる。
予備軍でも異性と2人で宵々山か宵山に行くことができれば、「脱残飯化」計画も現実味を帯びてくるのである。
そのため、キャンパス周辺には独特な緊張感と刹那が漂う。筆者は宵々山の当日、友人に「祇園祭どーすんの?」とLINEを送ってみた。すると「雨やからなしやな、雨やから笑」と返信が来た。
15日の京都市の降水確率は20%で、雨は降る可能性はきわめて低い。「今日は雨降らんで」と突っ込むと、「僕のこころはどしゃ降りさ」と「笑」もなければ、絵文字、スタンプをつけるでもない素っ気ない文面が戻ってきた。返す言葉もない。何も悪いことをしていない友人の心に、土砂降りの雨を降らす。その様な因習は、一刻も早く打ち破らなければならないとその時に誓った。
宵々山の夜、京都の街を南北に貫く烏丸通りは行き来ができないほど、人で溢れていた。ポイ捨てをする人々、道端でイチャイチャするカップル、酔って威勢が良くなるOL――。祇園祭の起源は、怨霊となった政治的敗者を供養する「祇園御霊会」である。荒ぶる怨霊を鎮める祭りが、逆説的にも、人間に悪霊の振る舞いをさせてしまうのは皮肉以外の何物でもない。
▲京の夜を照らす山鉾。7月15日筆者撮影。
そのような輩が跳梁跋扈している烏丸通りから早く抜け出すべく、鴨川へ向かうことにした。この辺りは烏丸通りや四条通りから避難してきたカップルが大量に出没していたが、辛うじて座れるスペースを見つけることができた。川は大通りの喧騒を拭い去るかの如く穏やかに流れ、遠くから聞こえてくる「祇園囃子」も、水面を照らす「京都四條 南座」も私にとっては最高にエモかった。ちなみに、これはエモーショナルから派生した若者言葉。感情的、情緒的な出来事や場面により心が動かされている状態のことである。
案外、祇園祭も悪くないじゃないか。そう思いながら、ふと、隣を見ると眩しすぎるほど綺麗な女性が、タピオカミルクティーを片手に川面を眺めていた。「祇園祭、楽しかったね」女性は私に対してそう呟くと、残り少なくなったタピオカミルクティーを飲み干した。
友よ。やっぱ、祇園祭は異性と行くに限るわ。
参考記事
15日付朝日新聞朝刊(14版)35面「街 照らす」