大学2年生の冬、「ある精肉店のはなし」という映画を見た。
大阪府で精肉店を営む家族が、飼育した牛を屠畜場で食肉に処理し、販売するまでを記録したドキュメンタリーだ。言葉にできない程むごかった。生きている牛たちの頭に棒をたたきつけ、殺そうとする人間の姿。絶命させた後、肉をそぎ落とすために吊り上げるシーン。その後市場に売り出され、私たちの食卓に並ぶ。
この映画を見た時、人間は命あるものを殺すことで生きながらえていると痛感した。幼少期から何気なく口にしてきた食べ物たちも懸命に生きていたこと。そして、綺麗ごとだけでは済まないなと思った。
そう分かっているけれども、納得しがたいニュースを先日韓国の番組で見た。済州市の屠畜場で処分された馬たちについてだ。食肉に姿を変え、スーパーの店頭に並べられるまでを知ることが出来た。彼らが食用として育てられていたなら、残酷だとは感じても一時的な感情として終わっていたと思う。しかし、以前は競走馬だったことがひっかかった。
競走馬とは競馬で使われる馬たちのことである。生まれた後、より速く走るためにさまざまな教育を受ける。人が乗れるように馬具に慣らし、人間が出す指示を理解できるよう教え込む「馴致」。その後、「育成」という本格的な調教に移る。そしてデビューしていくのだ。テレビのCMでは、大レースでの華やかなシーンをよく見かける。
しかし引退したり、怪我で走れなくなったりした後、どうなるのかはあまり知られていない。とにかく少しでも速く走れるようにと調教された馬だ。たとえ乗馬クラブへ行ってもゆっくりと歩くことは得意ではない。その結果、多くは殺処分される。韓国ではその後食肉になっていることが分かっているが、日本は明かされていない現実がある。NPO法人吉備高原サラブリトレーニングによると日本でも食肉になっている可能性があるという。
5月3日付の朝日新聞では引退後の競走馬についての記事が掲載されている。そこでは、本来なら30歳まで生きることが出来る馬たちが、8歳前後で引退すると殺処分される事実やそうした馬たちを厩舎から送り出す人々の話が書かれている。
「足踏みして嫌がったり、いなないたりするのを見ると本当に泣けてくる。葛藤ばかりで何度経験しても慣れなかった」
競走馬を世話する厩務員として競馬場などに勤務してきた森光さんは戦友でもある馬が肥育業者のトラックに運ばれていくのを見てそう語る。
新聞には競馬の結果と予想の記事が出る。競馬ファンたちは「次はどの馬に賭けようか」と考えるのだろう。しかし、娯楽の裏には競走馬たちが殺されている現実がある。レースがなくなってほしいとは言わないが、人間のために人生を捧げる馬たちにもほんの少しの自由を与えることは出来ないのか。
今一度競走馬たちに目を向けてほしい。
参考記事:
5月3日付朝日新聞「『よく生きてくれた』処分逃れた引退馬 余生過ごす牧場」
https://digital.asahi.com/articles/ASM4P7D8LM4PPPZB00N.html?iref=pc_ss_date
5月5日付朝日新聞「滋賀」栗東に人と馬がつながる施設オープン」
https://digital.asahi.com/articles/ASM5146K2M51PTJB00V.html?iref=pc_ss_date
5月10日付朝日新聞夕刊「(有吉正徳の競馬ウィークリー)内国産馬、さらなる飛躍は」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14009177.html?iref=pc_ss_date
参考文献:
「『引退馬はどこに行く?』。引退後の競走馬をリトレーニングして命を救い、『第二の人生』を花開く~吉備高原サラブリトレーニング
https://jammin.co.jp/charity_list/171009-thoroughbret/
People for the Ethical Treatment of Animals
https://investigations.peta.org/south-korea-horse-slaughter/
MBSニュース「競走場疾走していた競走馬…衝撃の屠殺現場」
http://imnews.imbc.com//replay/2019/nwtoday/article/5279236_24616.html