【特集】埋まらない溝 生産性のない日韓応酬

「このニュースは本当か」

友人から突然、ネット記事が送られてきた。23日付のハフィントンポスト韓国版だった。そこには衝撃的な見出しが躍っていた。

『일본이 방사성 오염수 111만톤을 바다에 방출하는 안을 검토 중이다(日本が放射能汚染水111万トンを海洋放出する案を検討中)』

東京電力福島第1原発事故で発生した放射性汚染水の浄化と漏出の食い止めに失敗し、汚染水を希釈して海洋投棄することを日本政府と東電が検討しているという。国際環境NGO『グリーンピース』が22日に発表した報告書で明らかになったとのことだ。

▲友人から送られてきたネット記事(画像を一部加工しています)

寝耳に水だった。こんな報道は、日本で見たことがない。むしろ、私が知っている情報は全く反対のものだった。先月17日付の日本経済新聞では「政府と東京電力は汚染水を減らすために原子炉を冷やす仕組みを抜本的に改め、汚染水の海洋流出を防ぐ」と報じていた。一体どちらが正しいのだろう。

このように、日韓の報道は同じ事がらを取り上げていても齟齬が生まれていることがままある。以前私は『日韓関係 メディアに騙されるな!!』(2018年11月16日付あらたにす http://allatanys.jp/blogs/7430/ )の記事中に「メディアが報じていることは事実ではあるものの、表層でしかない」と記した。

一つの事件について、加害者側から見るのと被害者側から見るのとでは、見え方が異なるだろう。ゆえに、日本では「A」と言うことを、韓国が「B」と言うことはおかしなことではない。日韓関係で言えば、慰安婦問題がその最たる例だろうか。が、最近の日韓両政府の応酬を見ていると、互いの欠点や落ち度を刺激的な言葉を使って煽り立てる論調が目に付く。この傾向は、昨年10月末に韓国大法院が戦時中の徴用工問題を巡って新日鉄住金に賠償命令を下して以降、顕著になったように思える。

火ぶたを切ったのは河野太郎外相だった。昨年11月6日の記者会見で、元徴用工への賠償を命じた韓国大法院判決に対し「暴挙だ」と強く非難した。韓国側は翌日、李洛淵(イ・ナギョン)首相が「日本の指導者たちが過激な発言を続けていることに深い憂慮を表する」との声明を出した。その後も非難を続ける河野外相に対し、韓国外交省は「失望を禁じ得ない」とする報道官声明を発表した。韓国大手紙の朝鮮日報も河野外相を「機会があるごとに韓国に対して高圧的な言葉を連発している」と評した。

そして先月20日、能登半島沖で海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーを照射された。両国のけん制は激しさを増す。日本側が遺憾の意を伝えると韓国側は「事実関係の明確な確認なしに自分たちの立場を主張した」と反論。28日に防衛省がレーダー照射時の動画を公開すると、韓国国防省は「一方的な内容」「事実関係をごまかしている」と反発した。その後の応酬は「水掛け論」の様相を呈した。

▲レーダー照射問題を巡る日韓の主な応酬

批判の声は政府内にとどまらない。山梨大学の島田真路学長は4日、大学関係者を集めた年頭あいさつで「韓国は異様な反日政策をとっている」などと発言。発言の意図は定かではない。また、先述したハフィントンポスト韓国版の記事は直ちに日本語に訳され、ヤフージャパンのヘッドラインニュースに掲載された。そのコメント欄にあったのは、ヘイトスピーチにも劣らない韓国への誹謗中傷だった。「いかにも朝鮮人、という記事だ」「韓国人の報道は異常だな。心配なら、観光客は来るな」「やっぱりオツムがお寒いね」。レーダー照射問題を報じるネット記事のコメント欄にも、見るに堪えない罵詈雑言が溢れかえっている。「ソウルを火の海にしろ」「糞以下の韓国」

▲ヤフーヘッドラインニュースのコメント欄に溢れる韓国への非難の声(筆者がスクリーンショットしたもの)

一方、韓国側も負けていない。朝鮮日報のネット配信記事のコメント欄には、信じ難いほど過激な日本批判が数多く見受けられる。レーダー照射問題の記事には「悪の枢軸、日本が地図から永久になくなるように」「(日本は)どうせ、なかったことをあったというガラパゴス種族…土着民たち…」といった心無いコメントが並ぶ。

このようなコメントだけ見ると、日韓関係の行く末は悲観的な見方でしかとらえることができない。

しかしながら、昨年8月からソウルで暮らしていて、日本への批判を表立って口に出す人に出会うことは一度もなかった。毎日のようにデモや抗議活動が展開されているソウル中心部の光化門広場でも、繰り広げられているのは文政権の経済政策への不満を表す保守派のデモ行進。明確に日本に向けて抗議の意思を表しているのは、日本大使館前の慰安婦像で数年前から座り込み活動をしている若者くらいだろうか。報道で見聞きするような「反日感情」を目の当たりにすることは全く無かった。

▲文在寅政権の政策に非難の声をあげる保守派のデモ行進(先月8日、ソウル市内で筆者撮影)

▲日本大使館前にある慰安婦像のそばで座り込みをする団体(昨年9月23日、ソウル市内で筆者撮影)

街には日本料理店で食事をする人や書店で日本の漫画を読みふける人で溢れている。地下鉄に乗ると、スマホで日本のアニメを楽しむ人がいた。座り込み活動をしている若者でさえ、私が日本人だと知るや否や「ここに来てくれてありがとう」と笑顔で語りかけてきたくらいだ。こちらから「日本についてどう思う」とけしかけても、返ってくるのは「街並みがきれい」「親切な人が多い」といった好印象ばかりだった。そこには「反日思想」の片鱗すらなかった。インターネットで見る情報と、現実で見聞きする情報はかけ離れている。

▲日本食の店が立ち並ぶ通り。夜な夜な日本食を求めて韓国人客が多く出入りする(13日、ソウル市内で筆者撮影)

▲日本製のゲームで遊ぶ韓国の人々(19日、ソウル市内の家電量販店で筆者撮影)

大阪大学の辻大介准教授(コミュニケーション論)の研究によると、ネット上で差別・排外主義を掲げて過激な言動をまき散らす「ネット右翼」と呼ばれるユーザーは、全体の1%ほどに過ぎないという。やたら目につくと思いきや、実際はごくごく少数が発する主張なのだ。一方、政府関係者が刺激的な言葉でけん制するのは、外交戦略上弱腰に見られないための策略と捉えることができる。

では、ネット社会において、相手の揚げ足を取ることや、全く関係のない論点を切り出して相手を貶めることに何の意味があるというのだろう。建設的な提言や解決に向けた対話ならまだしも、過去の背景も問題の本質も理解せぬまま、意の赴くまま放言したところで、何かが好転するのだろうか。

恐ろしいことに、知人の中にはネット上のデマを信用している者もいる。根も葉もない情報を鵜呑みにした時、待っているのはどのような結果か。不必要な憎悪と偏見が煽り立てられるだけではないか。

たった1%のユーザーに惑わされてはならない。生産性のない批判に耳を貸す必要はない。これ以上、表層部分だけで相手を決めつける過ちが蔓延しないでほしい。ソウルの街で、私は願う。

参考記事:
25日付朝日新聞朝刊(東京12版)14面「社説 日韓防衛問題 冷静に摩擦の収束を」
同日付朝鮮日報「威嚇飛行:『日本の哨戒機がまた韓国艦に近接飛行』記事への韓国読者コメント」
23日付ハフィントンポスト韓国版「일본이 방사성 오염수 111만톤을 바다에 방출하는 안을 검토 중이다」
同日付ハンギョレ新聞日本版「日本、放射能汚染水111万トンの海洋放出を検討中」
21日付朝日新聞デジタル「『協議継続、もはや困難』レーダー照射、日本が最終見解」
19日付日本経済新聞電子版「韓国また反発、電波音公開『望ましくない』」
17日付日本経済新聞電子版「韓国の『無礼』発言は不適切 統幕長、レーダー照射巡り」
15日付朝日新聞デジタル「韓国『日本は無礼で非紳士的』レーダー巡る協議で対立」
10日付日本経済新聞電子版「文大統領、日本への不信あらわ 国際法違反の論点回避」
9日付山梨日日新聞「『韓国の政策 異様な反日』山梨大学長が発言」​
7日付朝日新聞デジタル「レーダー照射、対抗措置求める意見相次ぐ 自民合同会議」
3日付同「(地球24時)韓国、日本の対応批判 レーダー問題、映像公開」
2018年12月25日付日本経済新聞電子版「日韓、レーダー照射巡り応酬 局長級協議」
12月17日付日本経済新聞電子版「原子炉冷却、汚染水少なく」
12月1日付朝日新聞デジタル「(@ソウル)政治家の言葉」
11月20日付朝鮮日報朝刊A34面「특파원 리포트 對日외교“직무유기”」
11月16日付朝日新聞デジタル「日韓首脳、根強い不信感 徴用工判決後、初接触は立ち話」
11月8日付日本経済新聞電子版「韓国首相『日本に深い憂慮』」
11月1日付朝日新聞デジタル「『ネット右翼』イメージと異なる実態 研究者から警鐘」