拝啓、北条裕子様

「選考委員激賞の驚異のデビュー作」

5月7日に発売された『群像』2018年6月号。第61回群像新人文学賞受賞作『美しい顔』はそんな煽り文で紹介されていました。

津波で母を失い、避難所生活を送る女子高生がマスコミの取材に協力していく過程で母の死を受け止め再び前を向いていく―。

著者は、本作がデビュー作という北条裕子さん。東日本大震災をリアルに描写した作品に注目が集まりました。

受賞発表から1ヶ月後、被災地・宮城の河北新報社は北条さんのインタビュー記事を掲載しています。
北条さんは「被災地に行ったことがない」と述べた上で「罪深さを感じ、後ろめたさを引きずりながら書いた小説です」と執筆を振り返っています。
そして先月18日、『美しい顔』は芥川賞にノミネートされました。

北条さんは新人作家として最高のスタートを切ったのです。
ところが、今月に入って風向きが変わります。

『美しい顔』の作品中に、東日本大震災を扱った他作品の描写に類似する点が十数か所見つかりました。
北条さんが執筆時に使用した参考文献を『群像』内で明示していなかったのです。

『群像』を発行する講談社は「作品の根幹に関わるものではなく、著作権法に関わる盗作やひょう窃などには一切当たらない」とコメントしています。
同社は「評価を広く社会に問う」として、今月4日に自社サイトで『美しい顔』を全文無料公開しました。

9日には著者の北条さんが講談社を通じてコメントを発表します。
「単行本刊行時に(参考文献を)掲載すれば良いと考えていた。私の過失であり甘えでした」と謝罪と反省の意を述べています。

参考文献の一つ『3.11慟哭の記録』(新曜社)の編者で東北学院大学(宮城県)教授の金菱清教授は「被災地に一度も行ったことがないとの言葉にまず違和感を覚えた」と述べました。
その上で「学生がネットで拾った情報を切り貼りしてリポートを書くのと同じレベルの流用だった。文学作品から許されるとの認識は理解できない」と厳しく指摘しています。

盗作か、単なるモチーフか。
議論は絶えぬまま第159回芥川賞・直木賞の選考会が昨日開かれました。
物議を醸した『美しい顔』は選外に終わりました。

芥川賞選考委員で作家の島田雅彦さんは記者会見で「自分なりのフィクションという表現に昇華していく努力が足りなかった」と話し、法的な問題としては問わないとの見解を出しました。

『美しい顔』をめぐる問題について、仙台出身の私は当初「現場を訪れずに執筆するなど傲慢だ」と、批判的に見ていました。
あらすじしか読んでいない私が、『美しい顔』に関して、核心的なことを言及することはできません。
ただ、現状を見ずして想像だけで被災地を描写することに、フィクション作家とはいえ一種の怠惰なのではないかと思っていました。

しかし、北条さんは講談社経由で発表した謝罪文の中で「数え切れない喪失体験の連続であった被災地に対して、どう考えればよいかわからなかった」と述べています。
もしこの謝罪文が北条さんの本心だとすれば、私も共感できます。

私の自宅は仙台市の内陸部にあり、停電に遭っただけで津波の被害を受けませんでした。
同じ宮城県民でも、家や家族を失った沿岸部の人と全く違う。
ぬくぬくと暮らしていることに後ろめたさを覚え、震災から何年かは被災地と向き合えませんでした。

それが変わったのは震災から5年後。
宮城県内で企業のインターンシップに参加した際、沿岸部の宮城県名取市を訪れました。

かさ上げ工事が進み、一見復興したように見える街並み。
それでも被災者の方は「かさ上げで街が埋もれて昔の記憶も消えてしまう」と沈痛な面持ちで話していました。
復興とは単純なことではない。5年経とうとも震災は終わっていない。

私も北条さんと同じく、被災地についてどう考えれば分かりませんでしたが、現場を目の当たりにしてやっと自分なりの「震災観」が持てるようになりました。

大きな災害や事故で助かった後、生き延びたことに罪悪感にさいなまれることを「サバイバーズ・ギルド」と言うそうです。
罪悪感とまでいかなくとも、ただ災害を傍観していることに違和感やもどかしさ、申し訳なさを感じる人は多いのではないでしょうか。
北条さんも震災を傍観しているもどかしさを感じて、小説という形で自身の「震災観」を表したのかもしれません。

「事実は小説よりも奇なり」
と言うように、想像と現実は別物です。そして、東日本大震災は終わっていません。

北条さん、私は現場を訪れて感じたことを率直に書いて欲しかった。
東北出身者として、そう思わずにはいられないのです。

 

 

参考記事:
6月14日付河北新報朝刊文化面「被災者描く『罪深さ』」
7月18日付河北新報朝刊(16版)26面「異色の震災小説 東北注視」
7月19日付朝日新聞朝刊(東京13版)34面「『フィクションに昇華する努力足りない』」
同日付読売新聞朝刊(東京13版)37面「『美しい顔』受賞逃す」

参考文献:
群像2018年6月号目次 http://gunzo.kodansha.co.jp/50516/52147.html
新潮社HP「『群像』8月号、
『美しい顔』に関する告知文掲載に関して」
http://www.shinchosha.co.jp/sp/news/article/1317/

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