一人暮らしの静けさ 孤立死の足音は自分にも

住まいは暮らしの要です。ホームレス支援のボランティアをしていると、切に感じます。ただ、家があることはあくまでスタートです。長く地域で暮らしていくためには、外のコミュニティーと関わり続けることがいかに大切か、ということを教わりました。

元ホームレスで40代のナベさんは、支援団体に紹介されたアパートに入った当初、一人きりの空間に強い不安と寂しさを感じた、と話していました。無職の人や退職した人は通う職場がなく、そのほかの活動の場所も乏しければ、自然と家にこもりがちになります。

今日の記事によると、岩手、宮城、福島の3県の復興住宅で昨年1年間に「孤立死」した人は、前年の2.5倍にあたる55人でした。男女別では男性が、年代では60歳代以上が多い傾向にあります。復興住宅の住民からは、「静かすぎて孤立感が強い」という声も上がっているといいます。これを読んで、ナベさんの話を思い出しました。

プレハブ仮設に比べると音が響きにくい構造は、本来なら快適なはず。自分一人しかいない空間のしんとした静けさが、独りの不安を募らせるのでしょう。

孤立死を減らすために、NPOや民生委員などの戸別訪問を強化すればいいのでしょうか。私はそれだけでは無理があると思います。民間団体では、日中も動けるスタッフが不足しているところも少なくありません。そして、戸別訪問だけでは住民同士のつながりが生まれません。人々が集まれて、顔の見える場が確保できれば一番いいのですが、そこに来ない人にはどうアプローチすればいいのでしょうか。

宮城県気仙沼市で復興支援のボランティアをしている大学の友人は、仮設住宅でのお茶会になかなか顔を見せない人がいて悩んだ、と話していました。彼はしつこいと受け取られないように気を配りながら、でも根気強くコミュニケーションをとり続けました。すると、次第に心を許してくれたのだそうです。難しいですが、「ちょうどいいおせっかい」が理想的なのかもしれません。

ここまで他人事のように書いてしまいましたが、自分も孤立死してもおかしくない状況にあります。というのも、今は春休みで、アルバイトやほかの用事がなければ基本的には家にいます。万が一何かあって倒れたとしても、運が悪ければ数日間は気づかれない可能性があります。隣の部屋に人が住んでいるかもわからないのです。書いているうちに、ぞっとしてきました。

参考記事:4日付 読売新聞朝刊(東京13版)32面(社会)「復興住宅『孤立死』急増 昨年55人、プレハブ仮設超える」