ふたつの正義の共存

 小学生の頃、給食で人気のおかずに鯨の竜田揚げがありました。独特のにおいがあるものの、さっぱりした味の赤身肉です。戦後の食肉不足の時代には貴重なたんぱく源として重宝されていましたが、いまでは鯨肉の需要は大幅減りました。それでも、現在も変わらず地元の和歌山県では郷土料理として給食メニューに登場しています。

 今日の紙面には、太地町の捕鯨をテーマにしたドキュメンタリー映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」が紹介されています。米ニューヨーク在住の佐々木芽生監督は10年前から太地町に通い、映画を撮影。19日には撮影に協力した町民らを対象にした特別上映会を、町の浜辺で開催しました。大きな特徴は、捕鯨の賛否を問う映画ではなく、抗議を続ける反捕鯨活動家と映画「ザ・コーヴ」の影響から非難を受けて苦悶する町民の両サイドの声を発信する点です。

スペインの闘牛や中国の犬肉、さらにはイスラム教徒の文化など、世界のグローバルスタンダードに相いれない文化や価値観が今、押しつぶされている。太地で起きていることは世界の縮図。正義の反対は悪ではなく、別の正義 がある。違う意見を持ちつつ共存することの大切さをわかってほしい。 

 このように文化や価値観の二項対立ではなく、捕鯨について、多角的、多面的な視点を佐々木監督は示しています。

 私は、絶滅の危機に追いやられないように頭数を厳しく制限しながらも、捕鯨は伝統文化として、続けていくべきだと考えます。ですが、2014年には国際司法裁判所に「研究目的ではない」とみなされ、南極海の調査捕鯨が待ったをかけられたこともありました。現在も調査捕鯨の許可条件を厳しくして南極海や北太平洋で活動をつづけていますが、このままでは国際的な風当たりが増していくばかりで海外との摩擦を生むだけです。

 映画を通して、両者の声の奥にある多様な思いや問題の複雑さを知り、日本の考えを丁寧に発信したり、反捕鯨国との隔たりを埋めるための対話をどう進めたりするべきかをもう一度考え直したいと思います。

 

参考記事 21日付 朝日新聞 13(大阪版) 27面地域面(和歌山県) 「捕鯨 ふたつの正義を撮る」