地域を支えた老医師

 元旦に新聞の社会面に載った記事を読み心配で仕方がなくなりました。ドキュメンタリー番組(ETV特集「原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」2016年10月8日放送)で観たことがある病院のことだったからです。記事では、福島県広野町の高野病院敷地内の院長宅で先月30日夜にあった火災のことが書いてありました。そして、3日、福島県警の発表により現場から見つかった遺体は高野英男院長だったわかったのです。ご冥福を祈るとともに、地域医療について考えます。

 自身も81歳というご高齢ながら、町の医療を支えてきたことで知られています。専門は精神科医ですが、町医者として住民に寄り添い続けました。この地域はもともと農村部だったので、肩や膝などの痛みを訴えるお年寄りも多いです。

 原発事故後に避難する看護師や医師が多かったので、ただ一人の常勤医となってしまいました。高野病院は双葉郡で唯一、入院患者も受け入れます。町の医院が休院していることもあり、救急患者の受け皿にもなっています。年齢を重ねるうちに負担も多くなっていったことでしょう。もちろん夜間の当直もします。疲れることもありますが、「必要としている患者がいる」と引退せず医師として生きてきました。

 過疎化が進む地方都市では、医者や看護師が足らないと言われています。とりわけ、原発事故の爪痕が残る広野町では、医師不足は深刻です。記事によると、3日までは非常勤の医師が診療していました。その後は、約60キロ離れた南相馬市に協力を求め、医師の派遣が決まったそうです。南相馬市立総合病院の医師らは「高野病院を支援する会」を立ち上げ、ボランティアで応援に入る医師を確保しています。Facebookのサイトも生まれています。ですが、依然として病院の存続に必要な常勤医は見つかっていないそうです。医療に関する行政の対策は十分だったのか疑問も残ります。

「(医師として)10年くらいはまだできるだろうと思っているわけですよ」。そう語る姿をもう見ることがでないのです。一度でいいから会ってみたかった。誰よりも町の復興と住民の健康を願っていた院長。地域医療を考える上で忘れてはならない足跡を残されました。

参考記事:4日付け 朝日新聞(東京14版) 社会30面「病院常勤医不在、悩む町 原発事故後も残った院長、火災で死亡 福島・広野」