テロの脅威とたたかう

 「人種のサラダボウル」、ニューヨーク。地理の授業でよく耳にしたこの言葉通り、多様な人種や文化が行き交うエネルギー溢れる街は、筆者の眼にとても魅力的に映りました。アメリカ社会に触れてみたいという思いから、象徴ともいえるタイムズスクエアを訪れたり、居住者の多くが黒人を占めるハーレムを歩いてみたり。グラウンドゼロと9.11メモリアル博物館にも足を運びました。テロの凄惨さを感じると共に、アメリカの人々にとってあの出来事がどれだけ悲しく、深く心に刻まれているのかを知りました。 

 そんな矢先、旅行中に起こったニューヨークでの爆発。事故現場の一つとなったマンハッタンのチェルシー地区は、まさに数日前に訪れた場所でした。一歩間違えれば、テロに巻き込まれていたかもしれません。今まで身近に体感したことのなかった無差別テロの恐怖が、ひしひしと感じられました。

 アメリカがいまなおテロの脅威にさらされているという現実を浮き彫りにしたといえるでしょう。それだけに、一連の爆発事件を受け、移民政策やテロ対策が米大統領選の大きな争点に浮上してきたと今朝の紙面は伝えています。両候補の姿勢は、対照的です。 

 容疑者がアフガニスタンからの移民だったことを受け、「攻撃を可能にしたのは、極端に開かれた移民制度のせいだ」とオバマ政権の移民制度を批判したトランプ氏。テロが起きる度に、過激な発言を繰り返し、現政権に不満を持つ国民の支持を得ようという狙いが垣間見えます。

 当初は「イスラム教徒の入国禁止」を掲げていたものの、候補指名後は「テロ関係国からの移民受け入れ停止」や「厳格な入国審査」と主張を弱めています。それでも、政治家自らが、テロの恐怖や嫌イスラムを国民にあおること自体大きな危険性を孕んでいます。筆者が懸念するのは、トランプ氏の発言に影響を受け、人々が移民問題をテロの危険に、イスラム教徒を過激派に短絡的に結びつけてしまうことです。偏見や差別の広がりは、根拠のない排斥につながります。反テロを理由に、少数者に対する差別や迫害が正当化されてはいけません。

 一方のクリントン氏は、「法を順守し、平和的なイスラム教徒の米国人が何百万人もいる」と発言。また、トランプ氏の過激な言動が、外国戦闘員募集の勧誘材料となってテロ組織を勢いづけているとも批判しています。テロの根本的な問題や米国が抱える課題に目を向け、異文化や少数者との協調や寛容が米国の安全につながるという主張はもっともでしょう。 

 基本的には、オバマ政権の政策を引き継ぐ見通しです。しかし、即効性がなく、政治腐敗を嫌う若年層の心には響いていないのが現状。現在のテロ対策も決して万全であるとは言えないと感じます。実際にテロが起こってしまっているのですから。既存の政策に満足することなく、国民を納得させる実効性のある策の提示が求められます。

 9.11を経験し、テロの脅威に対する不安が根強いアメリカで、国際的に広がる分断社会の流れを断ち切るのは容易ではないでしょう。今回の一連の事件が、トランプ氏にとって追い風になるという見方もあります。けれども、移民排斥が将来的にテロ撲滅につながるのか。そんな懐疑的な考え方も必要ではないでしょうか。格差や、貧困、宗教への偏見をなくし、テロの温床を根絶するための息の長い戦いも重要視するべきです。 

 26日、いよいよテレビでの公開討論が始まります。排外主義か、政策の継承か。二極化の構図において、互いの主張の溝を深め、相手の主張に反駁するだけの議論であってはなりません。両候補の踏み込んだ舌戦を通じて、アメリカ国民が団結して前に進む糸口をつかんでほしいと願います。

 

2001年の同時多発テロワールドトレードセンターの跡地「グラウンドゼロ」 9月17日 ニューヨークにて 筆者撮影

2001年の同時多発テロワールドトレードセンターの跡地「グラウンドゼロ」
9月17日 ニューヨークにて 筆者撮影

参考記事 21日付け 日本経済新聞朝刊 13版 7面「テロ・移民 争点の中心に」     

                  19日付け 読売新聞朝刊 13版 6面 「治安の懸念 募る米」