【前編】は、米価格高騰の背景を中心に考えましたが、【後編】は主に田植えの様子と稲作の現状についてお伝えします。
田植えはどのような手順で行うのでしょうか。
まず、前日までに、田んぼをならす「代掻き(しろかき)」を行います。代掻きは①除草剤を満遍なく撒くため、②水を行き渡らせるため、③田植え機の目印を分かりやすくするため、という3つの目的があります。
田植えには「直播き」と「苗を植える」の2種類の方法があります。
地植えは、田んぼに直接種をまいていく方法です。地植えは、途中まで水の管理が不要で、栽培が容易なため、米農家の多くはこの方法をとります。直播きでの栽培なら苗を育てる必要がなく、低コスト化、省力化が可能なため、今後の人手不足の中でも米作を維持する田植え法として有力視されています。一方で、「苗を植える」方法は古くからある伝統的な方法で、水を張った田んぼに苗を植えています。前編にも登場した愛知県岡崎市に住む親類の米農家、渡邉弘さんも「苗を植える」方法で稲作を行っています。近隣田んぼでは数軒を除き、直播きで稲作をしていると話します。
田植えをする前の苗
筆者も渡邉さんの田んぼに出かけ、「苗を植える」田植えを体験しました。ここからはその様子を渡邉さんのお話に自らの体験を交えてお伝えします。
稲作の「今」と「昔」
「昔は機械もなく、腰を屈めながらの作業が多くあった」といいます。特に忙しい田植えや稲刈りの時期には家族や親戚の手は欠かせませんでした。そのため、かつては農繁休暇がありました。農作業が忙しい時期に子どもたちが家の手伝いをするための休暇で、渡邉さんもその経験者の1人です。今では農繁休暇の制度はほとんど残っていません。稲作の仕事は、農業機械が導入されるまでは、ほぼ人の手で行われていました。また、農薬も肥料も今ほど発達していなかったため、定期的な手入れが必要でした。
現在の田植えは、田植え機を使うのが一般的です。田植え機は365日のうち、わずか1日しか使用しませんが、渡邉さんは数年前に導入、100万円ほどの大きな投資でした。それまでは手作業で苗を植えていたため、非常に多くの時間を要していました。子や孫世代が稲作を続けられるよう購入を決断したそうです。この他にも200万円ほどのトラクターを持っています。こちらは主に代掻きに使うものです。農業は初期投資が莫大であるため、農家への経済的支援も必要ではないでしょうか。
筆者も田植え機に乗り、実際に田植えをしました。速度は調整できますが、思ったより速かったです。前方遠くにある目印を頼りに、周囲の状況を見ながら進みます。田んぼが平坦とは限らず、また機械の操作にも慣れていないため、なかなか上手くまっすぐ進めません。年に1度ということもあり、機械の操作に慣れた頃に田植えは終わるといいます。経験がある人が田植え直後の田んぼを見ると、上手い下手が一目で分かるそうです。このため、気が抜けません。しかし、手で苗を植えることしかしたことがなかったため、時間短縮や腰を屈める必要のない田植え機の偉大さを実感しました。
筆者が植えた苗(右側) 曲がりくねっている
この日は筆者を含め、10人で田植え作業をしました。渡邉さんは、田植えの日は親族が休みを合わせて集まるため、「お祭りのようだ」と喜んでいました。休憩中には、おにぎりやお菓子を一緒に食べます。渡邉さんのお米で作られたおにぎりは冷めても美味しく、ついたくさん食べてしまいがちです。雑談を楽しめる休憩時間も最高でした。
農林水産省が発表した2020年の統計によると、現在の個人経営稲作従事者の88.7%が60歳以上とされます。50歳代以下はわずか11.3%に過ぎません。担い手不足が続けば、米の安定した供給はできなくなるため、後継者の育成は急務です。今回、弘さんの息子である渡邉不二夫さんが甥に技術を伝授する場面もありました。こうした光景が全国の至る所で見られるようになることを願います。
田植えを教えている様子
不二夫さんは、「うちは百姓だから」とよく言います。百姓という仕事に自信を持ち、田んぼを守るという強い気持ちから出る言葉です。後継者不足と聞きますが、渡邉さんの家では次の世代へ上手く引き継がれています。極自然に引き継がれていると感じました。渡邉さんは、米作り、野菜作りに対して、非常に研究熱心であり、また努力家です。美味しい農産物を作りたいという想いで、労力惜しまず愛情をかけて育てるからこそ美味しいのだと思います。米作りには、家族の協力が欠かせません。弘さんの妻、松枝さんのサポート力も大きいです。規模にもよりますが、作業が多岐にわたる農業においては、渡邉さんのような田んぼの広さで米作りをする場合、とりわけ家族の協力は大きいと思いました。渡邉さんの田植えに参加し、田植えの方法や技術的なことを教えてもらいました。そして、家族の在り方についてもまた気づかされることがたくさんありました。
害虫に負けず、天候に恵まれ、立派な稲に成長してほしいです。
参考資料
農林水産省、2024年、「米の消費及び生産の近年の動向について」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240305/attach/pdf/240305-15.pdf