2010年にインドで作られた『My Name Is Khan』という映画をご存知でしょうか。インド人の主人公リズワン・ハーンは、アスペルガー症候群を患うイスラム教徒。母親の死後に渡米し、仕事先で同じインド人でヒンズー教を信仰するシングルマザー、マンディラに出会い、二人はその後結婚します。
しかし、9.11テロ以降イスラム教徒への強烈な差別や偏見が始まります。マンディラの連れ子サミールは、「ハーン」というイスラム教徒の姓に変わってしまったことを理由に激しい差別やイジメを受け、命を落としてしまいます。最愛の息子を失い絶望したマンディラはハーンとの結婚を後悔し、彼に次のように述べます。
私ともう一度結ばれたいなら、大統領に会って、こう伝えて。
―「私の名前はハーンだ。だが、私はテロリストではない」と。
「全米が泣いた」とは、映画広告でよく耳にしますが、昨夜米国で起きた乱射事件は、本当の意味で「全米が涙に包まれ、悲しみに襲われた」出来事でしょう。映画の話ではなく、現実の世界に起こった悪夢ですから。
アメリカ・フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」で12日に100人以上が死傷した銃乱射テロで、連邦捜査局(FBI)は同日、事件の背景やテロ組織との関連について本格的な捜査に乗り出しました。事件の容疑者オマル・マティーン(29)がイスラム過激派組織「イスラム国」に感化され、「ローンウルフ(一匹狼)」型の犯行に走ったとの見方も出ています。米史上最悪の銃撃事件は、銃規制、イスラム過激派対策、性的少数派の権利など、米国が抱えるさまざまな難題を浮き彫りにしました。
注目すべきは、今回の事件がどのように米大統領選に影響するかです。「国境に壁を」「イスラム教徒は入国禁止」と訴えるドナルド・トランプ氏。昨夜のテロを受け、改めてイスラム敵視を主張しています。また、ヒラリー・クリントン氏は「イスラム国」との戦い、性的少数者の権利擁護や、銃規制の強化を強調しています。
筆者が最も訴えたいことは、米国だけでなく世界中に、イスラム教徒への差別や偏見が広がることへの懸念です。今回のような犯罪とイスラム教徒とを簡単に結びつけてはならず、敬虔なムスリムが被害や嫌がらせを受けないことを願うばかりです。事実、2015年1月に起きた「イスラム国」による邦人人質事件後、日本国内でもイスラム教徒の礼拝所であるモスクが嫌がらせを受け、「殺す」などの脅迫電話がかかっています。このように「憎悪」が連鎖する事件を起こしてはなりません。
テロと宗教を単純に結びつけず、事件の背景や米国の抱える課題に目を向けなければなりません。このような悲惨な事件が二度と起こらないことを願うばかりです。
参考記事:
「米銃乱射事件」各紙関連面
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2015年2月6日付 朝日新聞朝刊「モスクに脅迫電話 愛知 映像公開日に集中」