学歴って大事?高学歴は幸せ?

「母という呪縛 娘という牢獄」を読んだ。この本のテーマは、「学歴信仰」。学歴信仰に捉われた母親とその娘の壮絶な日々が綴られている。母親の異常な信仰の結果、娘は医学部9浪。そして最終的に娘は耐えきれなくなり、母親というモンスターを殺害してしまう。

娘は殺人容疑で逮捕された。しかし読了後、この殺人は正当防衛なのではないかと思ってしまった。それほどに、描かれている日々は壮絶すぎるものであった。成績が悪ければ、鉄パイプで殴られたり、罵詈雑言を浴びせられたり。「いずれ、母か私のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している」と娘は綴っている。

「学歴」は、その人の能力を示す指標として重宝される。例えば就活。大学名だけで就活生をふるいにかけ、求める偏差値に満たない人を選考から除外するシステム、学歴フィルターというものも実際に存在すると言われている。このような背景も、「いい学校に入らせてあげることが、自分の娘や息子の幸せにつながる」という間違った考えを後押ししてしまっているようにも感じる。

いい大学に入り、いい企業に就職すれば皆幸せか、と言えばそうではない。また、いい大学に合格できなかったからといってこれからの人生が不幸、というわけでもない。「幸せ」の絶対的保証はどこにもないのだ。

最後に裁判長は、「母に敷かれていたレールから外れ、自分の人生を歩んでください」と声を掛けた。人生は、学歴というレールのもとにあるわけではない。自分が進みたい道を自分が進みたいように自分のペースで歩んでいくことが、一番の幸せなのではないだろうか。殺人を肯定することはできない。しかし、母親を殺したことで、その幸せをやっと手にすることができたのだ。その幸せを、最初から全員が持てるような社会になることを願うばかりだ。

 

参考記事:読売新聞 オンライン19日付 学歴意識 若い世代ほど強い

母という呪縛 娘という牢獄 著 斉藤彩 講談社