札幌を襲う「アーバン・ベア」 ヒグマとの適切な距離感を考える

200万近い人口を抱える道都、札幌。

日本でも有数の大都市でありながら、都心に程近い北海道大学や円山公園ではエゾリスが、中心部を流れる豊平川ではサケの遡上が見られるなど、豊かな自然に囲まれた街です。

ただ、自然との近さは人間にとって脅威ともなり得ます。

特に近年問題となっているのが、都市近郊の森林に暮らし、時に市街地に出没する「アーバン・ベア」です。

 

◯市民の憩いの場、全面閉鎖

JR札幌駅から南に10キロほど離れた真駒内公園。多くの人々がジョギングや散歩を楽しむ、市民の憩いの場です。園内のアイスアリーナはコンサート会場としても知られ、公演の際には多くの聴衆が訪れます。

真駒内公園(10月1日筆者撮影)

真駒内セキスイハイムアイスアリーナ(10月1日筆者撮影)

その公園が、今年6月、全面閉鎖されました。ヒグマの目撃が相次いだためです。その後、公園周辺での目撃情報や痕跡がなかったことから、閉鎖は数日で全面解除されましたが、警察が巡回を強化するなど、現場付近は一時騒然としました。

 

◯相次ぐ出没、脅かされる生活

近年、ヒグマの出没は後を絶ちません。

2021年6月には、札幌市東区の住宅街に現れ、男女4人が重軽傷を負いました。市内でのヒグマによる人身被害は実に20年ぶりのことです。

先月25日には、南区の東海大札幌キャンパス内でヒグマが目撃され、駆除されました。大学が臨時休校となるなど、市民生活に大きな影響が出ました。

札幌市が公表している「札幌市ヒグマ出没情報」によると、市内での出没は先月だけでも24件にのぼります。

ヒグマへの注意を呼び掛ける看板(10月1日筆者撮影)

 

◯「春グマ駆除」

昔から、ヒグマは人身や家畜、農作物等に甚大な被害を与え、人々は様々な対策を講じてきました。

その中でおそらく最も有名なものが、1966年に始まった「春グマ駆除」でしょう。これは、ヒグマを見つけやすい残雪期に、個体数の減少を目的として無差別に駆除する制度のことです。

たしかに、個体数を減らすには効果的でした。しかし、行き過ぎた駆除による個体数の急減が問題視され、この制度は89年をもって廃止されました。

現在でも、ヒグマが出没するたびに春グマ駆除の復活を求める声が上がります。ただ、奥山まで踏み入り、人間に危害を与える可能性が低い個体までも殺すような従来の制度には問題があります。ヒグマを積極的に駆除するとしても、人里近くに住む危険度の高い個体に標的を絞ることが求められます。

 

◯「ゾーニング管理」

今年3月、札幌市は「さっぽろヒグマ基本計画2023」(以下、基本計画)を策定しました。

基本計画では、人間とヒグマとのすみ分けによる共生が目標とされています。その実現手段として挙げられているのが「ゾーニング管理」です。

市域を、ヒグマの侵入・定着を許容しない「市街地ゾーン」、侵入を抑制し定着を防止する「市街地周辺ゾーン」、市街地ゾーンへの侵入を防ぐ緩衝地帯である「都市近郊林ゾーン」、ヒグマが生息する「森林ゾーン」に区分します。

ゾーンごとに出没した個体への対応は異なり、市街地ゾーンでは捕獲が原則とされていますが、都市近郊林ゾーンではヒグマの侵入はある程度許容されます。人の安全とヒグマの保護の両立を目指す対策であると言えるでしょう。

ただ、どの程度実効性を伴うかについては、今後検証していく必要があるでしょう。

 

ヒグマは人間にとって大きな脅威です。しかし、必要以上に恐れ、過剰な対策をとれば自然の生態系に悪影響を与えかねません。今、適切な距離感を模索することが私たちに求められているのです。

 

参考記事:

9月26日付 朝日新聞朝刊1面(1総合)「ピザの味、知ったヒグマは街へ 札幌の住宅、連日庭先に」

9月26日付 朝日新聞朝刊2面(2総合)「(時時刻刻)「アーバン・ベア」の脅威 都市近郊で生まれ育ったクマ 人を恐れず、集団で市街地に」

9月26日付 読売新聞朝刊(東京)31面(道社A)「南区でクマ駆除 札幌市=北海道」

6月22日付 朝日新聞朝刊20面(北海道総合)「クマ、札幌中心街に接近 藻岩山、登山客ら「怖い」「不安」 真駒内公園、目撃相次ぎ当面閉鎖/北海道」

2021年6月19日 読売新聞朝刊(東京)22面(道社B)「住民背後 クマ突進 札幌4人重軽傷 150キロ超の巨体=北海道」

 

参考資料:

札幌市「札幌市ヒグマ出没情報」

札幌市「さっぽろヒグマ基本計画2023」

佐藤喜和『アーバン・ベア―となりのヒグマと向き合う』(東京大学出版会、2021年)

増田隆一編著『ヒグマ学への招待―自然と文化で考える』(北海道大学出版会、2020年)