藤井竜王・名人のデビュー連勝を止めた棋士、佐々木勇気に光を当てる

プロ棋士で「佐々木」というと、王位戦を戦っている佐々木大地七段を思い浮かべる方も多いかもしれない。ただ、今日は同じ佐々木でも「佐々木勇気八段」のお話。

 

筆者は藤井聡太竜王・名人のファンということもあり、あまり他の棋士には触れてこなかったが、将棋をより知ってもらうには取り上げた方が良いに決まっている。そこで今日は、21日の朝日新聞朝刊の記事に掲載された佐々木八段を取り上げたい。

佐々木八段と聞いても将棋を知らない人にとっては「?」だろう。しかし言い方を変えて「藤井聡太のデビュー29連勝を止めた男」というと、ニュースで見たかもしれないと思い直す人はいるかもしれない。

藤井竜王・名人が更新するまではプロ養成機関である奨励会三段の最年少昇段記録を持ち(四段からプロデビューとなる)、藤井聡太竜王・名人ですら敗退した小学生名人戦も優勝する天才少年だった。プロ入りも中学生とまではいかなかったが、高1の10月に当時では5番目の若さで実現し、若手棋戦の加古川青流戦も優勝。前途有望な若手ホープとして着実にトップ棋士への階段を駆け上がっていた。

 

ただ、その先は思ったより簡単ではなかった。藤井戦に勝利した後、1年間をかける順位戦では当時所属していたC級1組で2回昇級を逃した。C級1組からB級2組へ、B級2組からB級1組へと2期連続で藤井竜王・名人とアベック昇級となったが、A級へは藤井竜王・名人が一足先に昇格し、そのまま最年少名人になった。

要所で対局をしてきた佐々木八段だからこそ、藤井竜王・名人の強さを素直に称賛している一方で、悔しさが滲むシーンも多くある。あの日勝ったはずの藤井竜王・名人は着実にタイトルを増やし、今や八冠目前と将棋界の王者になった。並々ならぬ対抗心があるのも当然だ。

例えばB級1組最終戦。ファンの間でもデビュー連勝を止めたあの日の再来かと話題になった。しかし結果は藤井が勝ち、昇級を決めた。佐々木八段は、「あれは勝たなければいけない将棋でした。勝っていれば結果的に藤井名人はA級に上がれていませんでした」と回顧している。

筆者が個人的に印象に残っているのは佐々木八段のA級昇級後のインタビューだ。感想を聞かれて「私負けたら上がれなかったですか?」と記者に聞き返した場面だ。朝日新聞記者の村瀬さんが書いた『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』の「佐々木勇気」の章の最後を思い出した。B級2組の順位戦で藤井二冠(当時)が印象に残った対局に佐々木戦を挙げた以外に、「勝って昇級を決められて良かった」と言っていたことを伝えると、「そうか。すごいな」とつぶやいたと言う。やはりどこかに藤井竜王・名人への意識があるように感じられた。

 

1期遅れてはしまったものの今年から佐々木八段もA級昇級。今季のA級順位戦は豊島九段と菅井八段を除く6名が1勝1敗の大混戦。白星を重ねて藤井名人に挑戦の名乗りを上げられるだろうか。また「壁になれて良かった」という言葉を、名人を奪取した佐々木八段から聞いたみたい。

 

参考記事:

21日付 朝日新聞朝刊 19面 「名人戦 読みの深さを実感」

2018年1月9日 「藤井戦「簡単には語れない」 佐々木六段が口を閉ざす理由」 朝日新聞デジタル

藤井戦「簡単には語れない」 佐々木六段が口閉ざす理由:朝日新聞デジタル (asahi.com)

*この記事から途中の写真は引用しました。

 

参考資料:

村瀬信也、『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』、幻冬舎、2022

佐々木勇気七段、A級棋士八段に「まだその格がないので…」【第81期将棋名人戦・B級1組順位戦】

佐々木勇気七段、A級棋士八段に「まだその格がないので…」【第81期将棋名人戦・B級1組順位戦】 – YouTube