京都で学生生活を送る中で実感することがあります。それは、京都が日本の歴史・文化の集積地であるということです。街を歩くだけで、歴史や文化を存分に感じることができます。京都ほど日本文化を浴びることができる都市は恐らく、どこを探してもありません。それが多くの観光客を惹きつける魅力の1つにもなっているはずです。しかし、そんな魅力を支えてきた景観や建築が、現在失われつつあります。
平成28年度に京都市が実施した「京町家まちづくり調査に係る追跡調査」によると、平成20、21年度には4万7735軒あった京町屋は、4万146軒に減少していることが確認されました。年間800軒減少しているということは、計算上1日に2軒ずつ消えていることになります。
京都の暮らしや美しい景観を支えてきた京町屋が年々減少することに危機感を抱く京都市は、所有者と継承活用を望む人をマッチングする事業を開始しています。これによって、京町屋には新たな活路が見出され、住宅としてだけでなく、オフィスやカフェ、福祉施設や学校に用途を変えて人々の暮らしに密着し続けることになります。市はリノベーションへの支援も行っているため、長期的な活用が期待できるはずです。
しかし、十分な効果は得られていない様子です。2022年6月24日付の京都新聞によると、京町家を取り壊す1年前までに京都市へ「解体届」を出すことが条例で一部義務化された2018年以降の計170軒の届出のうち、保全に繋がったのはたった5軒であることが判明。市の事業は現在、期待していた効果を生み出せていないことがわかります。個人の所有物に対する行政の拘束力に限界があることも指摘されています。効果的な保全施策の整備が進まないのはなぜなのでしょうか。
これまで、大久保利通の茶室「有待庵」や、静岡県沼津市にある東日本最大級の古墳である「高尾山古墳」の保護などの実績を持つ、国際日本文化研究センターの磯田道史教授によれば、価値ある建物の保護が進まない背景には、法律上の欠陥があるそうです。
「日本の法律は、地下に埋まっているものに関しては保護が出やすい。しかし、地上に立っている建物に関しては、文化財等に指定されない限り、非常に重要なものでも簡単に壊せる状況。極端な話、京都でも最高級の民家でも文化財指定されてなければ明日でも壊すことができてしまう。非常に心配していることの一つです。議論しないといけません。」「最古級の古民家や町家であろうが、去年建てたプレハブであろうが、同じ扱いになってしまっている。そういった面で法律の不備はあると思う。現在、古民家を残すのは、所有者の好意に頼っている状態です。そこに対して法律とか国の会議は少ない。残した人が損する状態になっている。歴史的な建造物を守っている人たちや保全作業にお金が回るような仕組みも考えていかないといけません。」(2023年6月20日取材)
令和2年度の「諸外国における文化政策等の比較調査研究事業」(文化庁委託事業)によると、日本は先進国(比較対象6か国=アメリカ・フランス・イギリス・韓国・ドイツ・日本)の中で文化政策への支出額が最も少なく、政府予算に占める割合、および国民1人あたりの額もアメリカに次いで低いのが現状です。
京都には多くの歴史的建築が残っていますが、全てを保護するのは現実的に難しい。伝統や文化、市民サービスを維持するために開発を進めて資金を賄いたい一方、開発によって伝統文化の価値が損なわれてしまえば元も子もありません。50年先、100年先にどのような形で地域を残すのか、そして社会情勢が変化する中で開発をどこまで認め、どこまで規制するのか。様々な想いが絡む中で、行政の舵取りは非常に難しいことがわかります。
そうしたなか、京都市は昨年10月、市の南部などでの建物の高さ制限を見直す規制緩和案の内容を公表。京町家が多く残る市中心部は制限を維持する一方で、複数の地域でより高いビルの建設を認める方針です。棲み分けを徹底することで、景観は守りつつ、京都を住みよい街にするように行政も動いています。
京都市はこれまでも、先進的に景観政策を推し進めてきました。しかし、文化財や景観保護は、ここだけの問題ではありません。全国では、クラウドファンディングやふるさと納税などで維持費を賄う例も増えています。
国や自治体の指定文化財であっても、修理費が全額は補助されないケースも多く、所有者の負担が大きいことが考えられます。民間や自治体の支援は無限ではありません。そのため、国を挙げて、歴史的・文化的価値のある景観の保護に取り組まなければいけません。観光立国を目指す日本にとって、文化や歴史、街並みの保護は国の将来とっても重要な資産になるはずだからです。
海外では国を挙げた景観保護が行われている国があります。文化や背景が違っても、参考になる法律はあるはずです。フランスではマルロー法(正式名称「フランスの歴史的、美的文化遺産の保全に関する立法を補完し、かつ不動産修復を促進するための法律」)によって、世界でも早い段階で景観保全を法制化しました。
マルロー法によって、歴史的景観が復活し、観光地として発展した地域があります。一方で、建っていた住居の取り壊しが行われ、立ち退きを余儀なくされた住民もいたそうです。誰もが納得する景観保護政策の難しさがわかります。他国の保全政策を比較検討して熟議を重ね、日本に合った法整備が必要となるでしょう。
この問題に対し、早急に議論を開始し法整備を実現しなければ、日本の街並みはどこも味気ないものになってしまうかもしれません。これからも京都を歩く中で、歴史ある街並みを味わい続けたいものです。
参考記事
京都新聞「京町家保全転換、170軒中5軒のみ 京都市「解体届」義務化4年、歯止めかからず」(2022年6月24日)
読売新聞「町家再生 京らしさ彩る」(2022年9月11日)
朝日新聞「京町家の暮らし、未来へ 「杉本家住宅」、大修理のCF募る」(2022年9月17日)
日本経済新聞「京都市南部、高層化へ オフィスや住宅の高さ緩和案」(2022年10月17日)
読売新聞「文化財修理…の資金が足りません」(2012年12月7日)
参考資料
令和2年度「「文化行政調査研究」諸外国における文化政策等の比較調査研究事業」(2020年、文部科学省)
『歴史的街区で何を保護すべきか―マレ地区保存をめぐる市民の認識と政策の展開―』(2007年,荒又美陽,『都市地理学』2巻,日本都市地理学会)
京都市HP「京町家を未来へ」(https://kyomachiya.city.kyoto.lg.jp/about/)