刑罰の意義を考え直す 名古屋刑務所暴行問題

名古屋刑務所で刑務官が受刑者に対し暴行などを繰り返していた問題で、調査にあたっていた第三者委員会は21日、原因や対策などをまとめた提言書を齋藤法相に提出しました。

今回は、同日午前に開かれた同委員会の第11回会議で配布された提言書案をもとに、刑務所や刑罰のあり方について考えてみたいと思います。

○問題の概要

昨年8月、名古屋刑務所の職員1名が受刑者に傷害を負わせていたことが発覚し、これを端緒として、2021年11月から昨年9月までの約10か月間に、22名の若手刑務官が3名の受刑者に暴行などを繰り返していたことが明らかになりました。いずれの受刑者も、職員との間で基本的な意思疎通ができず、刑務官らは、指示に従わない、要求を繰り返すといった態度に腹を立て暴行に及んだといいます。

○問題の原因

第三者委員会は、主な原因として、①職員個々人の意識の問題、②過酷な職場環境などを挙げています。

名古屋刑務所では、職員同士の会話のなかで、受刑者について「懲役」や「やつら」などの侮蔑的な呼称を用いていたといいます。受刑者は、懲役などの自由刑に処せられてはいますが、基本的人権を持ち、このような呼び方は明らかに不適切でしょう。受刑者を一人の人間として尊重できていない背景には、個々の受刑者に対する理解の不足が一因として挙げられています。

ただ、刑務官の仕事が、その性質上、きわめて精神的負担のかかるものであることは想像に難くありません。自由に意見を言いにくく、上司などからのサポートも不十分な職場環境であったことなども負担の増加につながっていたようです。このような組織の体質の改善も急務でしょう。

○刑罰の意義

今回の問題を踏まえ、刑務所や刑罰のあり方について考えたいと思います。

刑罰を正当化する考え方には、大きく分けて2つあります。犯罪行為への報いであるとする応報刑論と、犯罪を防止・抑止するものであるとする目的刑論です。

目的刑論はさらに、刑罰があることで国民一般に対して犯罪行為を思いとどめさせようとする一般予防論と、実際に罪を犯した犯罪者による再犯を防止しようとする特別予防論に分かれます。

○変わる刑罰のあり方

近年、刑罰のあり方は大きな転換点を迎えようとしています。主な例としては、拘禁刑の導入が挙げられます。

拘禁刑とは、現行の懲役と禁錮(いずれも受刑者を刑事施設に拘置する自由刑だが、懲役では刑務作業が課される)を一元化したもので、25年6月までに導入される予定です。

改正刑法では、「拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」(12条3項)との文言が追加され、従来に比べ、懲罰としての側面が後退し、再犯防止に重点が置かれています。今後は、再犯防止プログラムの導入など、個々の受刑者の特性に合わせた処遇が求められることになります。これは、特別予防論の考えをより重視するものであると言えるでしょう。

○問われる刑事施設のあり方

提言書案の中でも、拘禁刑の導入について繰り返し触れられており、刑事施設においても再犯防止に向けた取り組みを強化する必要があると強調されています。

効果的な再犯防止策の実施には、受刑者の特性を把握することが不可欠です。刑務官は、個々の受刑者に向き合う必要があるでしょう。これは、従来の刑務官像とは異なるものかもしれません。しかし、拘禁刑の導入を定めた改正刑法が国会で可決されたことの意義を十分に理解する必要があるでしょう。

また、刑務官の負担を軽減するため、刑務所内の職場環境の改善が不可欠であるは言うまでもありません。

刑事施設は、職員個人と職場全体の両方の次元での改革が求められているのです。

 

参考記事:

6月22日付 読売新聞朝刊(東京)26面「名古屋刑務所暴行 刑務官 人権意識が希薄 第三者委提言」

6月22日付 日本経済新聞朝刊43面「若手刑務官にカメラ装着 名古屋刑務所暴行受け遠隔指導 第三者委提言、受刑者呼び捨て見直しも」

2022年6月14日付 読売新聞朝刊(大阪)1面「拘禁刑 懲役と禁錮一元化 改正刑法成立 侮辱罪刑厳しく」

2022年6月14日付 読売新聞朝刊(東京)3面「[スキャナー]刑務所 「立ち直り」重点 拘禁刑創設」

参考資料:

西田典之著・橋爪隆補訂『刑法総論 第三版』(弘文堂,2019年)

名古屋刑務所職員による暴行・不適正処遇事案に係る第三者委員会「提言書(案)~拘禁刑時代における新たな処遇の実現に向けて~」