百間排水口撤去? 「負の遺産」どこまで保存する

 水俣市は14日、水俣病の原因企業チッソが有毒な工場排水を水俣湾に垂れ流した原点の地として知られる「百間(ひゃっけん)排水口」(同市汐見町)の樋門を撤去すると明らかにした。(引用:15日付 熊本日日新聞朝刊2面 「百間排水口の樋門撤去」)

 

撤去するのは、百間排水口に設置された4基の樋門とその周りを囲むコンクリート製の足場です。樋門は表面の塗装がはがれ内部が腐食、足場も浸食が進んでいます。

百間排水口はチッソが建設し、現在は市が管理しています。工場や住宅地からの水を流す排水路と水俣湾に続く水路をつなぎ、満潮時や大雨の際には海側に流した水が逆流するのを防ぐ役割を果たしていました。しかし2003年には雨水ポンプ場ができ、樋門は役割を終えています。老朽化に伴い、強化プラスチック加工されたゲートや足場が腐食。崩落した場合、排水口をふさいだり、がれきとなって流れ出たりする懸念もあるようです。撤去工事完了後は放流口のみが残ります。17日ごろから着手予定でしたが、現場保存を求める声を受けて中断しています。

 

安全性と教訓、継承、そして費用。様々な問題が絡み合う「負の遺産」は、どのように管理されているのでしょうか。例を挙げて比較していきます。

■保存された例)原爆ドーム

5月のG7広島サミットで各国首脳が訪れた原爆ドーム。被爆の悲惨な思い出につながることから、取り壊しを望む声もありました。一方で保存への運動もあり、昭和41年(1966年)7月、広島市議会が原爆ドームの保存を要望する決議を行いました。原則として3年毎に「健全度調査」と呼ばれる劣化を知るための調査を行っています。

■撤去された例)観光船「はまゆり」

2011年の東日本大震災で、民宿に乗り上げた観光船の姿を覚えている人は、少なくないでしょう。震災直後に落下の危険などのために撤去されました。町は残った民宿の上にレプリカで復元しようと寄付を募りましたが、必要額が集まらず、民宿そのものも2021年に解体されました。現在では、高精度の拡張現実(AR)で再現映像を見ることができます。

 

それぞれの結末となった「負の遺産」。そのままの状態で残すことが難しかったとしても、歴史を後世に残すためにできることはあるはずです。移設保存や看板の設置、最新技術を活用した遺構の継承などが考えられます。同じ過ちを繰り返さないために、後世への教訓として「負の遺産」を残すことが求められています。百間排水口も同様です。水俣病の惨禍を伝える遺跡の一つが、活用や保存されずに取り壊されてしまうかもしれないのです。

「水俣病胎児性・小児性患者・家族・支援者の会」の加藤タケ子さんは「水俣病を後世に引き継ぐ第1級の遺構。かつて何が起きたかを伝える現物の証拠を現代の土木技術で保存してほしい」(引用:・17日付 読売新聞オンライン 熊本:「水俣病の原点」 百間排水口の水門撤去へ 市、腐食確認で安全面考慮 被害者ら保存求める声:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp))と強調しました。また20日には、患者や支援者が補修などによる保存を市に求めました。

水俣病患者団体は、樋門を含めて保存するよう求めています。同じ過ちを二度と起こさないためには、私たちが過去を学んでいく必要があります。遺構はその助けとなるでしょう。

 

 

参考記事:

・17日付 読売新聞オンライン 熊本:「水俣病の原点」 百間排水口の水門撤去へ 市、腐食確認で安全面考慮 被害者ら保存求める声:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

・16日付 朝日新聞 朝刊25面 「百間排水口樋門 老朽化で撤去へ」

・2021年12月11日付 朝日新聞デジタル 「震災遺構」跡地に仮看板 震災教育の場へ期待:朝日新聞デジタル (asahi.com)

・2019年3月8日付 日経電子版 残すか壊すか 震災遺構が問う「記憶」:日本経済新聞 (nikkei.com)

 

・21日付 西日本新聞me 「水俣病伝える象徴」熊本の百間排水口樋門、患者らが保存申し入れ|【西日本新聞me】 (nishinippon.co.jp)

・15日付 熊本日日新聞 朝刊2面 「百間排水口の樋門撤去」

 

参考資料:

原爆(げんばく)ドームについて – 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市 (hiroshima.lg.jp)(21日取得)