25日に長野県で立てこもり事件が発生しました。警察官2人を含む4人の死者が出た衝撃的な事件です。その翌日には東京都町田市で銃撃事件が起きています。奈良での安倍首相の暗殺、和歌山では岸田首相に向けて爆発物が投げられたこともありました。東京・銀座で強盗事件が起きるなど凶悪な事件が連日報道されています。
最近、治安が悪くなっているのではないかと感じます。
しかし、警察庁のまとめた「刑法犯 罪種別 認知件数の推移」をみると、凶悪犯罪は増えているどころか少なくなっていることが示されています。平成28年に99万6120件だった刑法犯の総数は昨年には60万1389件にまで減少しています。一昨年令和3年が56万8104件であったため、昨年だけで見ると前の年から大幅に増加していますが、一昨年はコロナ禍で外出が自粛されていました。人出が増えた昨年の件数が増えるのは避けられません。
また、殺人や強盗、放火、強制性交などの凶悪犯は平成28年が5130件だったのが、令和3年には4149件とこちらも減少しています。統計の数字だけ見ると、治安は悪化していないどころか、むしろ良くなっています。
ただ、治安の悪化は筆者に限らず多くの人も感じているようです。警察庁が昨年行った「治安に関するアンケート調査」では、67.1%が「ここ10年間で日本の治安が悪くなった」と感じたそうです。警察庁はこの要因として、無差別殺傷事件、オレオレ詐欺などの詐欺事件、児童虐待、サイバー犯罪が治安をめぐる体感に相当程度の影響を及ぼしていると分析しています。この他にも事件直後にSNSで拡散された銀座での強盗事件の動画のように、ネット社会の影響もあるでしょう。一つの大きな事件が起きると、Twitterのトレンド欄では延々とその事件についての意見や反響が流れてくるため、その情報に触れざるを得なくなるからです。
犯罪統計が体感と異なることで思い起こされるのが、2016年にCNNのキャスターと米共和党のニュート・ギングリッチ元下院議長の間で起きた論争です。ここでは、当時トランプ氏が主張していたアメリカの犯罪が増加しているという意見に対して、CNN側は犯罪統計から反論したのですが、ギングリッチ氏は「リベラル派は理論的に正しいとされる統計を用いるが、それは現実の人間の存在する世界ではない」と言い放ちました。このエピソードはリー・マッキンタイア著『ポストトゥルース』で紹介された有名なものですが、現在の日本も同様の状況になっているのではないでしょうか。
長野での事件を受け、タレントの中川翔子氏は26日の朝「治安の悪化が怖い、平和な日本であってほしい」とツイートし4000を超える「いいね」が付きました。その他にもTwitter上では日本の治安が悪化していると嘆く投稿が多く見られます。確かに凶悪な事件は起きていますし、安全な社会を守るための対策は欠かせません。また、マルチや闇バイトなど突然降り掛かってくる犯罪に備えるキャンペーンはあってしかるべきでしょう。しかし、事実として犯罪件数は増えていないですし、むしろ減少傾向にあります。
ツイートの中には治安の悪化を外国からの移民が原因だとする主張が散見されました。これもトランプ氏が当選した16年の大統領選での議論と重なります。体感値と科学的な数字が離れたとき、その隙間に偏見と悪意に満ちた意見が忍び寄ってきます。身を守る用意は常に欠かせませんが、同時に正しい知識、正しい数字を知る努力を怠ってはいけません。
参考記事
読売新聞オンライン5月26日「長野立てこもり、男の身柄確保…倒れていた女性の死亡確認で死者4人に」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230526-OYT1T50097/
参考資料
リー・マッキンタイア著 人文書院出版『ポストトゥルース』
警察庁 令和3年版 犯罪被害者白書 刑法犯 罪種別 認知件数の推移(平成28~令和2年)
https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/whitepaper/w-2021/html/zenbun/part3/b3_s6_11.html
警察庁 令和4年の犯罪情勢
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/crime/r4_report.pdf
警察庁 令和4年警察白書 統計資料