「身近」な企業の「知らない」顔から見えるビジネスの潮流

私は大学進学までの18年間を福岡で過ごしました。通学や買い物、友人と遊ぶ時には、必ずと言っていいほど、西日本鉄道(以下、西鉄)のバスと電車を利用していました。西鉄は、福岡県民にとって無くてはならない存在だと感じています。

買い物に行く時、天神やJR博多駅周辺からバスに乗ることが多かったのですが、バス停には常に多くの人々が集まっています。バスの後ろにはバス、その後ろにもバスが待ち構えている光景は日常茶飯事です。現在私が住んでいる京都市もバスは頻繁に走っていますが、福岡、とくに福岡市の本数の多さには、帰省する度に驚きます。さらに、県内各地にはまるで毛細血管のように、路線が張り巡らされています。こんな地域は珍しいのではないかと感じます。

公共交通だけではありません。福岡に住んでいる頃は、買い物で「にしてつストア」を利用し、「西鉄ホール」でのライブに参加していました。実家の近くにある駅前の宅地開発は、西鉄が進めています。九州最大の繁華街である天神も、西鉄福岡(天神)駅を中心に発展し、県内外には西鉄の経営するホテルが点在しています。

県外から福岡に来た人も、何度も西鉄のお世話になったはずです。そんな西鉄には県民があまり知らない、もう一つの顔があったのです。それは、物流事業者としての顔でした。

“29カ国・地域121都市に拠点を置く国際物流の事業者でもある。航空貨物の取り扱いは国内有数だ。物流部門では海外2500人、国内900人の計3400人が働く。” 2023年05月23日朝日新聞朝刊「(けいざい+)西鉄、物流は止めない:上 電車とバスと、もう一つの顔」

西鉄のホームページに掲載されていた「2022年度決算及び第16次中期経営計画説明会」の資料を見ると、西鉄グループにおける営業収益の45%が物流業によるものでした。鉄道・バス等を含めた運輸事業が収益全体の14%であることを考えると、物流が西鉄の基幹部門になっていることは明らかです。

物流事業の本部は東京。採用も鉄道・バス事業とは分離され、入社後も原則、物流事業のみに携わるようになっています。福岡とは遠く離れた場所から、福岡を支えているのです。

“物流事業の売り上げは、コロナ拡大前から2~3倍に膨らんだ。会社全体の売り上げに占める割合も3割から5割に増えた。会社の危機も救った。コロナ禍では鉄道各社は乗客が大幅に減り、大打撃を受けた。西鉄も2021年3月期は過去最大の120億円の赤字だった。だが物流事業が支えとなり、翌年には黒字に。今月発表された23年3月期決算は過去最高益となった。“2023年05月23日朝日新聞朝刊「(けいざい+)西鉄、物流は止めない:上 電車とバスと、もう一つの顔」

鉄道事業はコロナ禍で大打撃を受けました。また、災害とは切っても切り離せません。沿線が被害を受ければ、客足は遠のきますし、路線自体が被害を受けていれば復旧に莫大な費用がかかります。自治体からの支援などはあるにせよ、全ての損害を公的機関が補填するのは難しいはずです。

バス・鉄道事業は公共性を持っています。そのため、ある程度の赤字を出す路線でも運行しなければならない使命を持っています。少子高齢化や都市への人口集中が進む昨今の状況を考えると、本業や沿線開発だけでは赤字を埋めることは難しくなってくるはずです。

鉄道会社の経営多角化は会社の維持だけでなく、地域のインフラを維持するうえでも、より一層重要な役割を持つはずです。これは決して西鉄だけの話ではありません。多くの鉄道が多角経営を進めています。同じ九州でも、JR九州は不動産・ホテル事業で収益を上げています。

JR東日本も、中期的な会社の経営戦略で「輸送サービス、生活サービス、IT・Suicaサービスの3つのサービスの融合により、グループの力を最大化し新たな価値を生み出す」として、2025年度には運輸事業セグメントとそれ以外の営業収益の比率を6:4、ひいては5:5の早期実現を目指す方針を示しています。

変わり種の事業としては、ローカル鉄道である銚子電鉄が有名です。鉄道事業の赤字をぬれ煎餅などの物販事業で穴埋めしています。醤油の名産地、そしてぬれ煎餅発祥の地としての地域色がにじむ副業です。

時代は変化します。その中で企業は、主幹事業を時代に合わせて変化させる努力を欠くことはできません。鉄道にとどまらず、既存事業の延長線上での事業展開や、全く違う業種への挑戦など、経営戦略は様々ですが、常に時代を先読みする深い思考が必要であることがわかります。

常に時代を先読みする力が求められるのは、鉄道会社に限りません。新潟市の印鑑製造販売会社の「大谷」は、2019年3月に「新潟小規模蒸留所」を設立。ウイスキー製造事業を開始しました。製造開始から数年で世界的なウイスキー品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」で部門最高賞を受賞し、注目を集めています。その背景には、行政手続きのデジタル化などによる「脱ハンコ」の動きがありました。印鑑だけでは経営が頭打ちになることを見越した挑戦です。

思えば、自動車のイメージが強いトヨタグループも、原点は自動織機の製造事業でした(豊田自動織機)。大企業トヨタの歴史を見ても、時代に合わせて事業を転換することの重要性がよくわかります。

皆さんの身近な企業にも、意外な一面があるかもしれません。しかし、数年後には意外どころか企業の中心事業になっている可能性があります。主幹事業だけでなく、周縁事業にも注目すると、今後のビジネスの流れが読み取れるかもしれません。

 

 

参考記事

朝日新聞(2023年5月23日)

(けいざい+)西鉄、物流は止めない:上 電車とバスと、もう一つの顔:朝日新聞デジタル (asahi.com)

 

読売新聞(2023年5月12日)

西鉄の稼ぎ頭は鉄道やバスではなかった…本部は東京、採用も別「まるで別会社」:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

 

日本経済新聞(2021年12月22日)

西鉄が福岡・天神の複合ビル起工式「街づくりけん引」 – 日本経済新聞 (nikkei.com)

 

朝日新聞(2021年7月14日)

銚子電鉄、株主が総会で廃線進言 煎餅販売を「本業に」:朝日新聞デジタル (asahi.com)

読売新聞(2023年5月13日)

印鑑会社のウイスキー、世界的品評会で太鼓判…妻のひと言「自分で造れば」から二刀流の道 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

参考資料

西鉄:2022年度決算及び第16次中期経営計画説明会

https://www.nishitetsu.co.jp/ja/ir/i_news/i_news20230522/main/0/link/20230522.pdf

西鉄ホーム

あすみ|にしてつホーム (nishitetsu-home.com)

JR九州

セグメント別業績 | 財務・業績情報 | IR情報 | 企業・IR・採用 | JR九州 (jrkyushu.co.jp)

JR東日本

第35回定時株主総会 招集ご通知 (jreast.co.jp)

銚子市観光協会

ぬれせん誕生の店 路地裏の柏屋 | 銚子市観光協会 (choshikanko.com)

豊田自動織機

沿革 1867年(慶応3年)~ | 株式会社 豊田自動織機 (toyota-shokki.co.jp)

 

キャッチ画像引用元

日本経済新聞(2022年8月29日)

西鉄大牟田線、「開かずの踏切」解消 5キロの高架開通 – 日本経済新聞 (nikkei.com)