自然災害の予測技術はもっと生かせるのではないか 令和2年7月豪雨を振り返る

「春になると、向こう岸の桜がきれいかとですよ」。一昨年の12月、取材したおばあさんが言っていた言葉をふと思い出した。「令和2年7月豪雨」で氾濫し、熊本県南部に甚大な被害をもたらした球磨川は、あの荒れ狂った様子が信じられないほどの穏やかさだ。

筆者は前にここを訪れた際、度々豪雨の被害を受けながらもこの地に住み続ける人々の思いを取材した。あれから1年3か月。状況はどれくらい変わったのだろうか。私にとってあらたにす最後となる本稿では、熊本県南部における2020年の豪雨災害の教訓取り上げる。

 

豪雨災害以降、不通が続くJR肥薩線の渡駅(熊本県球磨村)。川に飲み込まれてボロボロになった駅舎が1年前には残っていたが、今月27日に行くとすっかり片づけられていた。水没し住めなくなった家々も取り壊され、更地が目立つ。それでもまだ復興は道半ばで、幹線道路では大型ダンプがひっきりなしに通る。正午前後の15分間でも、JR渡駅前で16台の通過を確認した。

「令和2年7月豪雨」によって熊本県では65人の方が亡くなり、うち14人は球磨村の高齢者施設、千寿園の入居者だった。千寿園は球磨川とその支流である小川の合流部近くに位置し、球磨川の水量が異常に多かったことから支流からの水が流れ込めず、溢れてしまった。千寿園は1階が水没し、上の階に逃げられなかった人が亡くなった。

千寿園も渡駅同様、建物部分は壊され更地になっていた。もともと何があったのか分からなくなってしまったその跡地に立ってみると、小川の向こう岸に高台があるのが見えた。近づいてみるとそこはNTTの電話交換所だった。四方は鉄網で囲われ、中には電話通信に使われる機器が置かれている。近隣の住民によると、もともとこの小川の脇は田んぼで、その高さに合わせて建てられた家が多い。一方、NTTは盛り土を積んで、その上に電話交換所を設置していた。当然、周りよりも一段高く、筆者が調べた限り、千寿園の敷地より4mほど上にあった。

小川が氾濫して両岸に甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」だが、調べてみると電話交換所は水没の被害を免れていた。マスコミ各社が災害時に撮影した上空写真でも、地域一帯が泥水の色で覆われる中、電話交換所は黒い点として写っている。NTTは、国交省が公表したハザードマップなどを基に水害に強い設計にしていた。

NTT西日本の渡電話交換所(27日、球磨村、筆者撮影)

以前は、災害リスクの高い地域に建物を建てることに対する規制が弱かった。千寿園とその周辺一帯は「洪水浸水想定区域」に指定されていたが、自治体はここに建設しようとする事業者に対して変更を強制することができなかった。園は水防法で義務付けられた避難確保計画の作成のほか、年に2回の避難訓練など、災害への対策をある程度講じていたが、結果的に多数の犠牲者が出てしまった。2020年、都市計画法が改正され、洪水浸水想定区域の一部では福祉施設などの建設が厳しくなった。ただ、既存の施設は改正法の適用外だ。

この豪雨による千寿園周辺の浸水地域は、国交省が災害の3年前に公表した洪水浸水想定区域図(ハザードマップ)とほぼ重なる。私たちは近年の豪雨災害を地球温暖化に伴う異常気象で片付けてしまいがちだが、被害はある程度予測できていたという事実を重く受け止める必要がある。

 

球磨川はこれまでに何度も氾濫しているが、その記憶は一部、風化してしまっている。例えば、3世帯が住む家屋で、母屋は一度水に浸かったことから新たに盛り土の上に建てたが、隣の子ども家族の家は特に何の対策もしていないケースが散見される。「さすがにもう大丈夫だろう」という心理、いわゆる正常性バイアスがかかっているとみられる。私も同じ立場に置かれたら、こうした気持ちになる気がする。

昨年、気象庁は洪水や土砂災害の予報業務の一部を、民間の気象情報会社などに解禁する方針を決めた。民間の参入で、地域の災害リスクに応じたきめ細かな情報提供を促す。日々向上する予報技術は十分に生かされなければならない。法による強制にとどまらず、危険性を住民と共有することをもっと徹底しなければならないだろう。さまざまな事情はあろうが、リスクがあるとされている場所で被害が起きることはもう繰り返したくない。

 

球磨川の土手の菜の花がかすかに揺れる。足元には桜の花びらのじゅうたんができている。この地に住み続けたいと思う地元の人々の気持ちが分かる気がする。そうした思いを大事にしながら、災害のリスクを軽減できる制度がつくられることを願う。

球磨川のほとりの桜(27日、人吉市、筆者撮影)

 

<最後にみなさまへ>・・・これまで、私は数多くの人にお話を伺い、あらたにすの記事を書いてきました。取材に快く応じて下さった皆さん、本当にありがとうございました。さまざまな方の心情や葛藤を聞けたことは私自身、とても刺激になりました。そして、2年間記事を読んでくださった読者の皆さんにも心より感謝申し上げます。私は4月から記者の道に進みます。あらたにすでの経験を生かし、リアルを大事にした報道に努めます。今後ともあらたにすをどうぞよろしくお願いします。

参考記事:

2020年7月9日 西日本新聞me「なぜ?災害高リスク地に高齢者施設 背景は

2020年7月17日 朝日新聞デジタル「(社説)高齢者施設 災害死を防ぐために

2021年3月19日 朝日新聞デジタル「高齢者施設の避難、法改正へ 危険地域からは移転促す

2022年8月27日 読売新聞オンライン「洪水や土砂災害の予報業務、民間会社に解禁へ…契約者に細かく情報提供し局地被害防ぐ