表現のしかた、文字の使い方を見直そう

大学の講義中に周りを見てみると、ほとんどの人がパソコンやタブレットを使っていることに驚かされます。筆者が受けている講義の一例を紹介しましょう。筆記用具の代わりにキーボードやタッチペンでメモを取る学生は、資料が配られる講義では受講者全体の半数程度。すべてPDFデータで配布される講義では8割ほどにもなります。

 

文化庁は「国語に関する世論調査」を1995年から毎年行っています。2021年の調査結果は9月30日に公表されました。今回の調査では、情報機器の普及によって約9割の人が「手で字を書くことが減る」「漢字を手で正確に書く力が減る」と回答しています。6日付の朝日新聞には、小説家の平野啓一郎さんのインタビュー記事が掲載されていました。

情報機器の小説執筆に対する影響は、ないことはないと思います。結構な量を書けますし、書き直しや推敲(すいこう)の作業は格段に楽になりましたから。ただ、手書きでないと良い文章が書けないとか、パソコン独特の文体があるのかというと、それは根拠がないでしょう

手で文字を書く機会は減っていますが、文章の良し悪しは手書きによって決まるわけではないようです。肝心なのは語彙力であり、それを吸収するために意識的に紙と触れる時間が必要とのことです。

 

確かに、SNS上には多くの言葉が溢れています。言葉の用法が間違っている文章や、文意がわかりにくい投稿も散見されます。多くの略語が用いられ、少し小馬鹿にした表現が好まれる傾向もあるようにも感じます。そもそも、インスタグラムやTikTok、YouTubeなどの動画に関心を奪われ、文章を読もうとしない日すらあります。

しかし、大学の講義を見てみると「紙の教科書」か「電子書籍の教科書」どちらかを買わないと授業に参加できない場合は、多くの学生が紙の教科書を選んでいます。教授の説明に合わせて参照する教科書には、電子書籍が優れているとされる検索性や反応の速さは求められていないのかもしれません。

平野さんがインタビューで述べている「読者の価値観を揺るがし、その精神を高みに至らせる」文章は、ページをめくる時間も含めた紙のほうが適していると改めて感じるところです。

 

参考記事:

6日付 朝日新聞朝刊(埼玉14版)27面「俗語表現 ネット通じ急拡散」

 

参考資料:

米川昭彦(2018)『ことばが消えたワケ』朝倉書店

窪薗晴夫(2017)『通じない日本語』平凡社新書

文化庁 「国語に関する世論調査」