先日、友人と新宿区歌舞伎町にあるバッティングセンターで遊んでいました。すると保険会社に勤務しているという男性が近づいてきました。最初はごく普通の会話をしていたのですが、少し打ち解けたところ、にわかに距離が近くなってきました。「こんど料理が上手な女の子二人とうちで飲むんだけど、来ない?」。彼の提案がマルチの勧誘であると気づいた私たちは丁重にお断りし、その場をあとにしました。
マルチの勧誘って本当にあるんだね。ニュースの中だけの話だと思っていた。そんな話題でひとしきり盛り上がったところで、もし気づかず誘いに応じていたらどうなっていたんだろうという恐怖感がわいてきました。
昨今、若者をターゲットにしたマルチ勧誘が頻発しているそうです。消費者庁によると、相談件数は20代が全体の47.8%を占め、全年代で最も高い割合となっています。事実、筆者の別の友人は2020年8月から2021年3月まで約半年間マルチ集団に加わり、約50万円の借金を背負うことになりました。
当人に話を聞きました。
――どういった経緯でマルチ商法に引っかかったのですか?
「人間関係でうまくいかず、大学に居場所がなくなりつつあった折に、知り合いからビジネスを紹介されました。お金持ちになり、大学をやめてやるという思いから、マルチにどっぷり浸かってしまい、次第に逃れることができなくなってしまいました。商材はInstagramの投稿です。インスタグラムで情報発信をし、関心を持った人をLINEの公式アカウントに誘導します。その後、情報を買ってもらうといった流れです。例えば、TOEICの点数を向上させるためのノウハウなどがこれにあたります。情報を買ってもらうには、Instagramでの人気獲得が何よりも大切です。投稿の閲覧数が増え、いいね数が増えていくと、そのテーマに関心を持つユーザーのおすすめ欄に表示されるようになります。この流れを延々と繰り返すことで、収益を伸ばしていくのです。前述のTOEICであれば大学生などが対象です。多い人であればフォロワーが7万人ほどおり、月収約100万円稼いでいました。マルチのグループの中にはそうした実際に成功を収めている人がいたことも、抜け出せなくなってしまった要因です」
――どのくらいの費用がかかりましたか?
「マルチのグループに入った際、はじめの費用として33万円が請求されました。当然そんな現金は持ち合わせていなかったので、クレジット会社からのキャッシング枠やショッピング枠を利用し、費用を賄いました。対価として得たものはInstagramアカウント運営のノウハウです。およそA4で70ページのワークブック、B5で190ページのテキストブック、そしてデータが入っているUSBが渡され、それらを活用してInstagramの収益化を目指す流れでした。また、ビジネスを通して実際に収益化できた方のセミナーが週2回開かれており、参加費は1000円でした。全体を通して約50万円ほどかかったと思います」
――実際にビジネスはしましたか
「私自身もインスタグラムアカウントを開設しました。毎日健康面をテーマにした投稿をしていました。また、ブログで同様の内容の記事を20記事書きました。最終的にInstagramのフォロワー(投稿に関心を寄せている人)は700人程度集まりました。結局、収益が出る前にやめたので、利益は全くありませんでした。」
――やめることになったきっかけを教えてください
「中高時代の友人と久しぶりに会い、近況報告をしたことです。自分がやっているビジネスについて話したところ、友人は大丈夫かと心配してくれました。はじめは、なぜ心配されなくてはならないのだと腹が立ちましたが、普段はその友人に怒ることなどなかったため、もしかして洗脳されているのではないかと考えるようになりました。それから一ヶ月ほど後にビジネスから脱退しました。グループラインから退出し、関係者全員をブロックすることで一切のかかわり合いを断つことができました」
友人はグループから抜けることができました。また、借金はアルバイトやインターンなどですべて返済したそうです。若者の間でマルチ商法が流行している要因としてあげられるのは、SNSなど商材の幅が広がったこと、それにより小さな資本でも始められるようになったことでしょう。友人が負った50万円という数字は、大学生が対象のマルチ商法の一般的な相場です。これは学生ローンなどでぎりぎり借りることができる水準だからといわれています。
ただ、筆者は人とのコミュニケーションの減少、それによる疎外感が大きな要因であると考えます。コロナ禍において自宅にいる時間が長くなる時期に、見かけ上はアットホームな雰囲気の団体、個人が親しげに声をかけてくれば、魅力的に映ってしまうこともあるでしょう。筆者の友人もコロナ禍で弱ったところに付け込まれていました。コロナ第7波が猛威を振るっており、今後自粛ムードが再度拡大するかもしれません。そんな中でこそ親しい人たちとの交流を大切にすることが肝心なのだと思います。
参考記事
朝日新聞デジタル (投資マルチのわな 狙われる若者たち:中)友人勧誘、気づけば加害者に
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15106593.html?iref=pc_ss_date_article
参考資料
消費者庁 マルチ商法に関するトラブル
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2020/white_paper_116.html