戦争のジェンダー

戦争とジェンダー。一見、あまりつながりのないように思えるかもしれません。しかし、戦争という極限状況でこそ、ジェンダーの問題が浮かび上がってきます。

■戦争は「男らしい」もの?

18~60歳のウクライナ人男性は徴兵に備えて出国を禁止する。この総動員令は、ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2月24日に出されました。このことを初めて知ったとき、二重の意味で驚きました。第一に、民主主義国においても強制力をもって市民の移動の自由を奪うことができるのだということ、そして第二に、出国を禁止されたのが男性だけだということに対してです。

実際は現在のようにテクノロジー化した戦争では、男女の体力差は大きな意味をもちません。…フランス革命以降の国民軍では、兵士として戦うことと政治参加権が同一視されるという構図が生じ、戦うのは男性の役目でした。戦争について語られる時も、「『男らしさ』を持つ男性による戦い」が前提とされてきた。

歴史を学ぶと、戦争は「男のもの」と感じるでしょう。もちろん女性も銃後で戦争に協力してはいましたが、実際に戦場で戦うのも重要な決断を下すのも男性でした。しかし、現在において武器をもって戦うことを「男らしい」とし、それを強いることは、ウクライナ人男性に「有害な男らしさ」を押し付けているに過ぎないのではないでしょうか。もちろん、愛する母国、自らの自由と人権、そして自分の大切な人を守りたいと考え、武器をもって戦う男性もいるでしょう。しかし、それを全ての男性に強制することは、「自由のウクライナ」にふさわしい行動ではないと私は考えます。

家族と離れ離れになるのを恐れ、他の国に移ることを望む男性もいれば、前線ではなく医療であったり情報技術であったり別の面で貢献したいと考える男性もいるはずです。2年前から米フロリダ州のIT企業に勤めるウクライナ人男性は、2月上旬にキーウ近郊に暮らす父を亡くしました。そのために一時帰国したところ、それ以来出国がかなわず、現在はキーウで友人のアパートに暮らしています。SNSで苦境を訴えたところ、「兵士として戦え」「恥を知れ」といった声が寄せられました。戦争という非常事態にあっても、出国する自由や前線に立たない自由を奪うといった人権制限や「有害な男らしさ」の押し付けは決してあってはなりません。

■女性は戦争の「ツール」じゃない

戦時中、女性は人々の感情を煽る役割を担ってきました。そのことは、様々な国のプロパガンダに表れています。国民への戦時国債購入の呼びかけや志願兵の募集、戦意発揚といった目的を果たすために、巧みに女性のイメージが利用されてきたのです。「私も男だったら海軍にはいるのに 男だったらそうしよう」「イギリスの女性たちは言っている 『行きなさい』と」などのキャッチコピーとともに女性が描かれたポスターを歴史の授業で見たことがあります。また、ロシアでは、スターリングラードの戦いの勝利を称える女性のモニュメントが作られ、女性は戦争を美化する道具とされています。

では、現在のウクライナではどうでしょう。

ただ、戦っているのは男性だけでなく、兵士の約15%にあたる3万人は女性です。…ウクライナ当局や女性たちのSNSなどで、女性が戦っていることが発信されています。その姿は、「女性なのに」勇敢に戦っている印象を与え、ウクライナの男性に「自分も」と思わせるでしょう。国外に対しては、「女性さえ」動員するほどロシアの侵攻はひどいと思わせる宣伝効果があります。また女性兵士の「ソフトな印象」は、防衛といえども軍事力の行使であることへの警戒感を薄め、共感も広がって募金などの個人からの支援が集まりやすいでしょう。

今回の戦争で、ウクライナ側が「感情の動員」に成功していることは確かでしょう。その中では「女性」が巧みに使われ、今回の戦争のイメージを構成する要素となって私たちの「感情」に訴えかけています。

やはり、今度も女性が「感情の動員」の役割を果たしているようです。本来は「守られるべき」立場にある女性が健気に戦っていること、あるいは「男のもの」である戦争の前線に立つ女性の意外性がそれを可能にしていると私は考えます。しかし、人々が抱くこのようなイメージは適切なのでしょうか。

■浮き彫りになるジェンダーバイアス

私たちは、無意識のうちに様々なもの・ひとに対して先入観や偏見を抱いてしまうものです。それは日常生活のなかだけでなく、戦争のなかでも垣間見えます。自身のもつジェンダーバイアスを認識するよう努めるだけでなく、それが乱用されていないか目を光らせる必要があるのではないでしょうか。

 

参考記事:

9日付 朝日新聞(愛知14版) 1面

9日付 朝日新聞(愛知13版) 7面(国際)・11面(オピニオン)

4月16日付 「ウィル・スミスの平手打ちは妻を守った」に違和感 「男らしさ」の時代錯誤:朝日新聞GLOBE+ (asahi.com)