鉄道ファンと一言にいっても、それぞれに専門分野がある。とにかく乗る、時刻表から車両や乗務員の動きを推測する、メーカーごとのブレーキの特徴を分析する、などなど。ちなみに筆者は、駅メロや駅放送を聞くことがメインという「音鉄」で、JRのサービスの比較もサブとして行っている。先日、撮り鉄の先輩と撮影に行く機会があり、非・撮り鉄の私としては新鮮なことが多かった。
5月某日。指定された集合場所は、JR小倉駅の7・8番線ホームの東端である。最近の鉄活(鉄道ファンとしての活動)を話しているや否や、本州方面から、貨物列車が滑り込んできた。とっさに先輩はNikonの一眼レフカメラを構え、シャッターを切りまくる。そんなに特別な列車なのだろうか。
この貨物列車は、機関車が2両連結されており、それがちょっと珍しいらしい。この光景、玉ねぎが旬な時期にしか見られないそうだ。どういうことなのか。
国内有数の玉ねぎの産地、佐賀県。ここから貨物列車を使って全国に輸送する際、当然、玉ねぎが入ったコンテナをけん引する機関車が必要になる。そのためまずは、機関車を佐賀の貨物ターミナルに送り込まなければならない。しかし、道中にある過密ダイヤのJR鹿児島本線を他の普通列車や特急列車の邪魔をすることなく走り抜けるのは容易ではない。そこで、季節に関係なく一年を通して定期運行される下りの貨物列車に一両くっつけることで、列車過密区間をうまく切り抜ける工夫がなされている。ちなみにこの列車では玉ねぎは運んでいない。
資源価格の高騰や円安によって値上がりが深刻化する日本。玉ねぎも例外でない。最大の生産地・北海道での不作によって高騰しているが、2位の佐賀からの貨物輸送があるおかげで、少しはショックが軽減されている現実がある。その陰にはJRの工夫があるわけだ。
9時50分、西小倉駅の3番乗り場に入ってきた列車を見て、先輩が「ん?あれ、留め具ついとる?」と言いだした。音鉄の私は何のことかさっぱりわからなかった。「あ、やっぱそうだ。これは珍しい!」。彼は階段を駆け上がり、ベストな撮影ポジションに向かっていった。私もついて行く。
先輩が興奮していたのは、レールを運搬するための車両で、撮り鉄の界隈では「ロンチキ」などと呼ぶそうだ。北九州にある日本製鉄の九州製鉄所では鉄道用のレールが作られ、ここから全国に運ぶ。このため西小倉駅では頻繁にこの工事用臨時列車を目にすることができる。何も載せてない時でもレールを固定するための器具が取り付けられているのが通常で、今回のようにそれが外されているのはレアとのこと。
このように、撮り鉄は珍しいものを撮りたがる傾向にある。普段は走っていない車両などを「ネタ」と呼び、日頃からそれを探し、追いかける。
どういう鉄道写真が良いと考えるかは人それぞれだが、基本的に列車の先頭車両から一番後ろの車両まで全てフレームに収まるのが「美しい」とされる。したがって、線路がカーブしていて、障害物がない場所は格好の撮影スポットとなる。
そして、ベストなタイミングでシャッターを切るには、お目当ての車両が来ることを早い段階で察知する必要がある。信号が見える場所は、ファンに好まれる。こうした条件を満たす場所は限られるため、特定の地点にファンが集中することになる。
先輩曰く、撮り鉄界では「暗黙のルール」がある。例えば、一番早くその撮影地に来た人だけが自分の好きなアングルで撮影ができ、後から来た人はそのフレームに入らないようにしなければならない。また、ネタに関する情報を安易にネットに上げることは避けなければならない。他のファンが押し寄せ、撮影がしにくくなるからだ。
「関東に比べて九州は全然平和」。先輩がよく口にしている言葉だ。私はこれを初めて聞いた時、九州人の温厚な人柄を言っているのかと思った。でも今回、撮り鉄の事情を知り、限られた撮影地を多くの鉄道ファンで奪い合う関東の競争率の高さを指しているのだと分かった。
線路内に立ち入ったり、一般の利用者に罵声を浴びせたりするなど、撮り鉄の過激な行動が問題視されている。絶対に許されない行為であり、正当化されることはないと私は考えている。ただ、他者に対して攻撃的になってしまうその心情を、少しは察することができる。音鉄の私でも、撮り鉄の先輩と共にシャッターを何度も切るうちに自分なりのこだわりや美意識が出てきて、他のファンや利用者に対し「ちょっとどいてくれんかなぁ」と思ってしまった。
もちろん、先輩のように他者に寛容で冷静なファンも山ほどいるということは明言しておきたい。ただ、個々の性格の枠を超えて、排他的な思考に陥りがちな特有の事情があることも皆様には知っていただきたいと思う。
参考記事:
5月30日付 日経新聞朝刊「小売り、円安・原料高対策急ぐ」
5月20日 読売新聞オンライン「4月の消費者物価2.1%上昇…資源価格の高騰と円安が影響、7年ぶり大台に」
5月20日 佐賀新聞「佐賀県産玉ねぎ高騰、出荷価格は例年の4~5倍 背景に北海道産の不作、中国産の輸入停止」
参考資料:
NIPPON STEEL 「九州製鉄所」