今日、「政治的表現」はあらゆる場所で見受けられます。ツイッターなどのSNSへの投稿や街頭演説、ポスターなど。しかし、ときに制限されることもあります。
例えば、表参道駅コンコースの壁面に展示された写真。写真家の宮本直孝さんがウクライナに関心を持ってもらいたいと企画したものでした。日本在住のウクライナ人に協力を呼びかけ、反戦のプラカードを持つなどした男女を撮影しています。ただ、プラカードのなかにはプーチン大統領の名前を挙げたものもあり、「政治的表現にとらえられる」などとして、展示を認められないと連絡があったといいます。そこで、宮本さんは、写真に修正を加えて、展示にこぎつけました。ここでは東京メトロが設ける公共広告の基準に触れるとして、「政治的表現」は制限されました。
3年前の参院選での事例はどうでしょうか。当時の安倍晋三首相が札幌市で街頭演説をしている際に、男女2人が「安倍やめろ」「増税反対」というようなヤジを飛ばしました。すると、北海道警の警察官らにより、2人は排除させられたのです。同じ日、「老後の生活費2000万円貯金できません」と書いたパネルを掲げようとした女性も、警察官に止められました。一方、「安倍総理を支持します」というパネルを掲げていた数十人の聴衆は、注意すらされなかったのです。安倍政権への批判は安倍政権へのヘイトに読み替えられ、排除されてしまったのでしょうか。
ヤジを飛ばした2人は訴訟を起こし、札幌地裁は3月、警察官による排除は「表現の自由の侵害」として違法との判決を下しました。政権を批判する表現行為が抑圧される例は後を絶ちません。ロシアでは、言論の自由が失われています。言論・表現の自由は、私たち市民が自らの意思で社会をより良くするために、欠かせないものであり、決して奪われてはなりません。
近年、SNSの発達により、個人が多くの人に向けて情報を発信できるようになりました。それ自体は人々に多様な表現手段を提供するものですが、残念なことにヘイトスピーチや犯罪行為の扇動、あるいは虚偽の情報が混じります。欧州ではSNSなどの運営企業に有害情報を防止する管理責任を負わせる法制度で合意に達しています。一方、米国ではツイッターを買収した起業家イーロン・マスク氏が管理の強化が言論の自由を侵害していると主張し、今後、規制の緩和に着手すると推測されます。
欧州では表現の自由が制約されることがないよう制度の運用が厳しくチェックされるべきです。また、マスク氏には公共性の高いプラットフォームにおいて、言論の自由・表現の自由を守ることと有害情報の拡大を防ぐことの両立が求められるでしょう。
私たちが自らの言論・表現の自由を守るために必要なのは、自由が権力や権威により損なわれてしまっていないか監視し続けること、そして差別やヘイトを助長する情報あるいは誤った情報を鵜呑みにしたり、発信したりしていないか絶えず自問することなのではないのでしょうか。
参考記事:
27日付 日本経済新聞朝刊(愛知13版) 1面・2面(社説)
18日付 朝日新聞(愛知13版) 7面(オピニオン)
8日付 朝日新聞夕刊(愛知4版) 6面(社会・総合)