車の利用が増えたり、貨物輸送の需要が減ったりするなどの理由で地方の鉄道需要は減り続けている。全国には1日の平均利用者数(乗車のみ)が5人にも満たない駅がたくさん存在する。会社勤めの傍ら、鉄道に関する本を執筆する広島県在住の牛山隆信さんは、こういった駅を「秘境駅」と名付け、ブームを巻き起こした。今では、JRが秘境駅だけに停車する観光列車を走らせるほどの過熱ぶりだ。
なぜ、秘境駅に魅せられるのか。中学生の時からファンを自認する筆者も、この問いの答えは分かっていなかった。ただ、先日行った秘境駅にそのヒントが隠されていた。
瀬戸内沿いの平地に比べ春の訪れが遅い中国山地は、遅咲きの桜が満開だった。広島駅から車を走らせること2時間半、広島県庄原市のJR芸備線・道後山駅にたどり着いた。7年ぶりの「再会」である。前回訪れたのは中学2年生の冬。季節こそ違えど、7年経っても変わらぬそのたたずまいを見て、なんとも形容しがたい感情に襲われる。(うまく表現できないのがもどかしい)
駅舎やホームを20分ほど見て回った。するとベンチの上に駅ノートを見つけた。そこには訪れた観光客が駅の感想などを記している。秘境駅では、周辺に飲食店や娯楽施設などなく、また、停車する列車の本数が極端に少ないため、暇つぶしのために駅ノートが置かれていることが多い。
100以上のコメントを読むうちに、比較的多くの人が同じような文章を綴っていることに気づいた。労いや感謝の言葉だった。
「さきほど、JRの職員の方が雪かきにいらっしゃいました。こんな朝早くにご苦労様です」
「すぐそこのトイレを使わせてもらいました。とてもきれいで、掃除して下さる方がいらっしゃるんだと思います。日々ありがとうございます」
秘境駅と聞くと、へんぴな場所にあるがゆえに普段誰も立ち入らない古ぼけた姿を想像する人も多いだろう。しかし実際は、JR職員や地元のボランティアの努力によって維持されている。
道後山駅のホーム上の木々や花壇は丁寧に手入れがされており、駅舎内のベンチにはきれいな座布団が敷かれてあった。冬は人のひざの高さまで雪が積もるため、列車を降りる場所から駅舎までの導線は人の手によって雪かきがなされる。
一日の平均利用者数が0.5人未満の道後山駅。本数も上下線合わせて一日6本だけだ。誰か来るかもしれないし、まったく来ないかもしれない。「今日来るかもしれない誰か」のために、日々汗を流す人々がいる。非常に非効率な仕事だが、私たちにはそれが魅力的に映る。
道後山駅を訪れた2日後の11日、JR西日本は採算が取れないローカル線の収支を初めて公表した。費用に対して収入がどれほどあるかを示す「収支率」は、芸備線東城(広島県)―備後落合(同)間が最も低く、0.4%(2017年~19年度)だった。100円の収入を得るために2万5416円の経費がかかるということだ。道後山駅は収支率が最悪なこの区間にある。
効率至上主義の今の社会。時間の有効活用のために列車ではなく車で向かった道後山駅は、心のゆとりの大切さを教えてくれた。「無用の用」とも言える秘境駅はこのコロナ禍において、追い込まれつつある。
参考記事:
朝日新聞デジタル「ローカル線収支、初公表 17路線30区間で赤字 JR西」
読売新聞オンライン「JR西日本の社長、廃線の『結論ありきではない』『経営効率改善したいのが率直な思い』」
朝日新聞デジタル 2018年7月22日「秘境駅、非日常のロマン 聞こえるのは風と虫の音だけ」