「キーウ」表記から考える、求められる支援の姿勢

『キエフの大門』

音楽の授業のときに、筆者がリコーダーで演奏した曲の一つです。これは、ロシア帝政時代に作られたものです。みなさんも一度はメロディーを耳にしたことがあるでしょう。「キエフ」とはウクライナの首都のことであり、ロシア語の発音に由来した表記です。一方、耳にすることが増えた「キーウ」は、ウクライナ語の発音に近い表記です。最近では、日本のマスメディアでも「キーウ」表記が増えており、外務省のサイトでも3月30日時点では「キエフ」と表記されていたものが、4月14日現在では「キーウ」に変更されています。なぜこのような変化が起きているのでしょうか。

2014年にロシアがクリミア半島を占領してから、ウクライナ東部では反ロ感情が高まり、脱ロシア化が進みました。18年には、ウクライナ外務省が「KyivNotKiev(キーウはキエフではない)」運動を展開し、日本でも「キエフ」表記が見直され始めました。

ツイッター社が作成しているモーメント

14日現在の外務省のサイト

言語とは、話す人々にとってはアイデンティティーの、その使用圏においては文化の大きな要素です。日本で「キエフ」から「キーウ」にシフトしたことは、政治的な意味合いにとどまらず、言葉を通じてその国の人々の思いをくみ取ることにもつながるように思います。

先に述べたように言語は、非常に重い意味をもっています。しかし、今後の避難民受け入れに際しては、その言語が大きな壁として立ちはだかります。

ロシアがウクライナに侵攻してから、多くの市民が国外に逃れています。隣国のポーランドは240万人を超す避難民を受け入れています。ポーランド政府は最大70万人に教育機会を提供する必要があるとして、ウクライナ人教員の採用を増やす方向に舵を切っています。ウクライナの子どもの多くは、ロシア語を理解することができます。さらに、冷戦時代に学んだ世代を中心にポーランドの教員もロシア語に精通しています。そのため、十分な数の教員を確保するまでは、ロシア語による授業を続けることも可能でしょう。一方で「侵略者の言語」として拒む保護者もいます。教育機会をスムーズに提供するだけでなく、十分に議論を重ねて、教える側、学ぶ側の双方が納得できる体制をつくることが求められると考えます。

今後、日本でも、ウクライナの学生や研究員の受け入れが進んでいくでしょう。大学などの高等教育機関で学んできた若者の多くは語学に堪能だ、と日本貿易振興機構は分析しています。そのため、日本では主に英語を使って暮らすことになると思われます。

とはいえ、言語とは単なる生活や学びのツールではありません。ウクライナの人々が各国に散り散りになることで、母国語を話す人口が小さくなったり、言葉としての影響力が低下したりする恐れがあります。

避難してきた人々に一方的に変化を迫り、受け入れ先に適応させようとするのではなく、私たちがウクライナの人々や文化、そして言葉について知ろうとすることが、支援の第一歩になると思います。戦火を逃れてきた人々は私たちの対等な仲間なのですから。

 

参考記事:

14日付 日本経済新聞朝刊(愛知12版) 39面(社会)

7日付 日本経済新聞朝刊(愛知12版) 11面(国際2)

31日付 朝日新聞夕刊(愛知4版) 1面